エピローグ
俺が探索者のライセンスを取得し、その十日ほど後に琴葉とその家族にたいして結婚を申し込んでから、もう何年も過ぎた。
あれからいろいろあった。
お義父さんは大激怒して、娘は絶対にやらん、と吠えていたが、なんとかゆかりさんを味方につけることで落ち着かせることには成功した。
厳格な父親ではあっても、ゆかりさんの言うことは割とおとなしく聞くのだということがよくわかるところを見せつけられた気がする。
多分、ゆかりさんにお義父さんのほうがゾッコンなんだろう。
最愛の妻が言うことには逆らえないということなのだと思う。
だが、もちろん、すぐに俺と琴葉が結婚したわけではない。
当たり前だ。
相手はまだ高校を卒業もしていない女子高生だからだ。
ゆかりさんを味方につけたとはいえ、その後しばらくは清い交際をすることを約束し、その後は琴葉と恋人関係になりつつも、一緒に探索者ライフを満喫し続けた。
俺はというと仕事とダンジョンがメインの生活だ。
もっとも、最初にしていた仕事である倉庫作業は今ではほぼ免除になっている。
あれからは、【運び屋】チームの育成係としての毎日を過ごしていた。
勤めている会社に新たな【運び屋】を招き入れた際には上司の緒方さんがチームの指揮を執りつつ、ダンジョン内部での活動を俺が担当する。
主な目的はスキルの成長だ。
装備を整えた状態で【運び屋】たちがシャベルを担いで暗闇の中で壁を掘り続ける。
俺はそれを見ながら監督するだけだ。
力仕事をさせられている連中は苦行にしか感じない作業だが、間違いなくスキルのレベルは上がっていった。
シャベルを使って掘った際に出てくる石や岩を【収集】して集め、それを背嚢に入れて背負い、運ぶ。
これだけで【運び屋】の【収集】・【重量軽減】・【体力強化】ができる。
そして、もちろんそれだけではない。
その作業をしている間にうちのチームの面々は位階レベルも向上していた。
これはすぐにほかの人にも知られることとなった。
ギルド建物にある測定機械でうちのメンバーが鑑定水晶を使ってステータスを測定すれば、データが結果となって現れるのだからごまかせるものではないからだ。
そして当然ギルドからも追及された。
本来であれば測定機械で得られたデータというのは個人情報であるので閲覧するにはそれなりの権限が必要なはずだ。
だが、それでもこの情報だけはギルドも調べざるを得なかったのだろう。
全国各地にあるギルド建物で、なぜか最弱のアクティブモンスターであるスライムしか出現しないと言われるF-108ダンジョンの探索者が次々とレベルアップを果たしていくのだから無視することはできなかったのだ。
が、今のところそのレベルアップの理由は分かっていない。
人材育成をしている我が社が企業秘密であると情報公開をしていないのもあるし、【運び屋】チームのメンバーに個人的にリサーチしても誰もがどうして自分の位階レベルが上がっていくのか理解していなかったからだ。
というのも、彼らは一切モンスターを倒していなかった。
なぜなら俺がグリーンスライムを人知れずリスキルしていたからだ。
ダンジョンに入る前に用意していたボトル容器。
その中にはスライムの核と粘液、そして魔力精製水とポーションが入っていた。
あと少し魔力精製水がボトル容器内に入ればスライムが再生する、という状態をダンジョン外で作ったうえでダンジョン内に持ち運び、育成対象のチーム員が暗闇のなかでライトも持たずに壁をシャベルで掘り続ける中、俺は空気中の水分を【収集】してボトルに入れた。
すると、あとちょっとという待機状態だったボトル内のスライム素材はスライムとなって動き出す。
これを動き始めた瞬間に核である魔石を苦無で刺し貫いていたのだ。
始めはボトルを内部から破壊するまでスライムの再生を待っていた俺だが、その後の実験によって動き始めた瞬間に倒すだけでも経験値が得られるということが分かったのだ。
だからこそ、効率を求めてのリスキルだった。
容器内でわずかに動いた瞬間にスライムを倒して経験値を得る。
そして、それをその時に一緒にいたチーム員全員の体に分配するように【収集】したのだ。
結果、俺がスライムを倒していることに気が付かないうちに、各自の位階レベルが上がっていくこととなった。
そのため、データとして残ったのは、F-108ダンジョンに入る探索者はなぜかレベルアップがしやすいらしい、という情報のみだ。
それを嗅ぎつけた者たちが、自分たちもその恩恵にあずかろうとこの暗闇のダンジョンへとやってくる。
自然と不人気だったダンジョンは人気ダンジョンへと変わってきた。
もちろん、方法論を知らなければレベルが上がることはないので、いずれはその人気に陰りが出るだろうと俺も思っていた。
が、あるときその状況が変わった。
何もないと思われていたF-108ダンジョンの壁の中。
そこから、希少金属が出現したのだ。
いわゆるレアメタルと呼ばれるものや、ダンジョンでしか発見できないミスリルやオリハルコンなども極少量だが見つかった。
【収集】のおかげだった。
俺は気が付かなかったのだが、苦痛以外の何物でもない作業をさせられている職員の一人が石や岩ではなく何か別のものが採れないかと意識しながら【収集】していたのがきっかけだ。
最初は本当にごくわずかな量だったらしい。
粉といってもいい程度だが、しかし、【収集】スキルが力を発揮した。
石や岩以外があれば別の袋に【収集】するように念じながら作業していたところ、本当に少量だけが別の袋に入っていたのだ。
鑑定水晶ですら調べられない量だったのだが、会社を通して専門家に調べてもらうように緒方さんを通して頼んだところレアメタルだということが分かった。
ダンジョンの壁から無価値な石や岩以外が手に入る。
それに確証が得られたら、後はひたすら調べるだけだった。
それまではいつも同じ場所でシャベルを使って壁を掘っていたが、それ以降はあちこちと場所を変えながら掘り進め、なにか別のものが得られないかと調べていったのだ。
その結果が、ミスリルやオリハルコンの発見につながった。
しかもありがたかったことに、それらの希少な素材はこのダンジョン内では【収集】スキルを使わないと手に入れにくかったというのもある。
ほかのダンジョンであれば鉱脈を発見したら大がかりな機材を入れて発掘するのだろうけれど、ここは出入口が狭かった。
機械を使うよりも【収集】を使える【運び屋】が人力で掘り進めたほうが入手性が良かったのだ。
もしそうでなければ、国が管理するとして非公開ダンジョンへと変えられていたかもしれない。
幸運にも、このF-108ダンジョンは【運び屋】にとってのメッカとなったのだ。
ハズレ【職業】であると言われた【運び屋】。
それがこのダンジョンでは稼ぐことができる可能性があると分かった。
それだけではなく、このダンジョンがある近くの会社では【運び屋】を雇い入れ、スキルと位階レベルを育てて実生活でも仕事を与えてくれたのだ。
ダンジョンに潜らなくても、あるいはF-108ダンジョンでなくても仕事ができる。
全国にいる【運び屋】たちはF-108ダンジョンに集まり、そして俺たちの会社に集まり、レベルを上げてから地元やほかの都市部にある支店での倉庫仕事につく者も出てきたのだ。
そんな【運び屋】のメッカとなったF-108ダンジョンでの仕事とは別に、俺は自分のクランも運営していた。
こちらも順調に進んでいた。
琴葉の作るポーションは日々変化し続け、今では三等級ポーションまで作成可能になっている。
驚きの効果(大)のポーションで、すでに欠損してしまった肉体であっても再生してくれるというトンデモ薬だ。
これはお野菜ダンジョンで薬草群生地にした実験の結果得られた上薬草やグリーンスライムの粘液、そして更なる高レベル魔石のおかげだった。
この琴葉のポーションのおかげでクラン財政はいかに経費を使っていくかを気にして、福利厚生に力を入れまくる結果となっている。
ちなみにあれから加入構成員も多少増えている。
【鍛冶師】の神宮寺さんもものすごく勉強し、税理士や公認会計士の資格まで取って【M&K】に入ってきたし、ゆかりさんも加入したりしている。
ゆかりさんのほうは、琴葉と同じクランに入り、ポーションをいつでも使いたいという思いがあったようだ。
琴葉と並ぶとまるで母親ではなく姉のように見えるかわいらしい女性であるゆかりさんも、一児の母として美容には最大の関心を持っていたらしい。
【M&K】に入ってからは毎日琴葉のポーションを使うことで、その若さというより幼さとでも言える外見を維持し続けている。
そして、俺はというと相変わらずレベル上げにいそしんでいた。
途中からスライム亜種では俺のレベルは思うようには上がらなくなったことで、仕事やクランの活動以外で空いた時間があれば全国のダンジョンを回ることが俺の習慣となっていた。
あちこちを周り、より効率的なレベル上げができないかを実験しつつ、さらに入ることができるダンジョンを増やすためにもクランのランク上げも行った。
おかげで、今では【M&K】はブロンズランクからシルバーランクへと昇格している。
俺自身は相変わらず戦闘面では見劣りする【運び屋】であるのは変わらない。
が、それでも各地のダンジョンを回るだけでなく、世界で初めてのダンジョンの完全攻略も達成することができた。
そして、今日、いよいよ俺のレベルは九十九まで到達した。
長かったような、あっという間だったような、そんな数年間だ。
それでも、まだダンジョンに潜ることをやめるつもりはない。
あと一つレベルを上げた先に、さらなるレベルはあるのかというワクワクした期待もある。
【運び屋】となった俺はダンジョンでレベルを上げる。
琴葉からの一通のメッセージから始まったこの生活は、これからも続くのだった。
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