父の怒り
「マー坊、……いや、如月君。君の言いたいことは理解したよ。クランの現状から、オークションでの薬の値段など、全部ね」
琴葉と彼女の親に話をする必要があると話した、まさにその日の夜。
俺は琴葉を家に連れて帰り、そのまま鏑木家にお邪魔して現在に至る。
俺は今、鏑木家の一室にある、いわゆる書斎とでも言うべき部屋で琴葉の父親と二人で向かい合っていた。
「はい。先ほども言ったように、金額がすごいことになりそうでしたから。琴葉とダンジョンに行くことはゆかりさんに許可を得ていたのですけど、今後はダンジョン関連で得た利益をクランの共有財産として処理していって……」
琴葉の親父さんに会うのは久しぶりだ。
この人は、かわいらしい雰囲気でまるで琴葉の姉にしか見えないゆかりさんとは逆に厳格な人だ。
俺は幼馴染の琴葉の昔の家によく遊びにいっていたが、この親父さんに会うとよく怒られたものだ。
もちろん、怒られるようなことを俺がしたからなのだが、怒るときにはたとえ他人の子どもであってもしっかりと怒るというスタンスで、かなり怖かったことを覚えている。
正直に言うと、今目の前にして話しているのも昔のことを思い出して緊張している。
本当は前みたいにゆかりさんだけに話を持っていきたかったというのに、今日は親父さんもすでに帰宅していたのが予定外だったか。
在宅しているか確認して、いるなら資料でも作ってから来たほうがよかったんじゃないかと思う。
突発的な口頭での俺の説明だと話し足りないことも多いかもしれない。
重箱の隅をつつかれるように問題点を指摘されたりでもしたら、説得できない可能性もあるのではないだろうか。
そんな緊張感のある中、親父さんが口を開いた。
「金のことはいい。君の言う通り、その薬で大金を得ることになるのだとしても、もうオークションに出してしまっているのだろう。今更、出品を中止するというのもまずいのではないかな?」
「え、ええ。そうかもしれないですね」
「今後、琴葉が同じように薬をオークションで売るというのは要検討案件ではあるが、そうした場合に税理士に頼むというのも金額の大きさを鑑みると妥当な考えだろう」
「……つまり、許可してくれるってことですか?」
俺が心配していたのは杞憂だったのか。
琴葉の親父さんは思いのほか理解のあるパパだったのかもしれない。
そう思った時だった。
ドンッ!!
そんな大きな音が本に囲まれた書斎で響き渡った。
音の発生源は琴葉の父親だ。
それまでは努めて冷静に話していた親父さんが、急に顔を真っ赤にして書斎の机に腕を振り下ろしていたのだ。
握りこぶしが強く机を叩きつけた音に俺が驚いて、親父さんの顔を見つめる。
「お金のことなんかどうでもいい! 君は琴葉を、私の娘を毎日のように自分の家に連れ込んでいたのか!」
「……え?」
「琴葉がクラスの友達と一緒にダンジョンの探索者ライセンスを取りに行ったのは知っている。その後、ダンジョンに行くから遅い日もあるが、帰るのが遅くなる日は必ず連絡するというのも守っているようだ。だがな、如月君。君の家に毎日上がり込んでいるなんて知らなかったぞ」
「いや、毎日じゃないですよ。週に四回か五回くらいです」
「馬鹿か。それは毎日と同じだろう。しかも、なんだ? 琴葉は君のために手料理も作ったそうだな? 私は最近、琴葉の料理を食べていないんだぞ」
知らんがな。
別に琴葉は反抗期でもないんだから、親父さんが頼めば手料理くらい作ってくれるだろ。
それに、俺の家に来ていることを知らなかっただって、俺が知ることではない。
ゆかりさんには説明していたんだから、家族間のコミュニケーションの問題なんじゃないだろうか。
「そもそも、だ。如月君、君は琴葉のなんだ?」
「なにといわれても、……幼馴染ですけど」
「ただの幼馴染の家に飯を作りに行く女の子がいるわけないだろう。お前、俺の娘になにしてくれたんだ、ああ?」
すごいぜ。
こんなに怒っている親父さんを見るのはさすがに初めてだ。
厳しい人ではあったけど、ここまで顔を真っ赤にしてメンチ切るような睨み方で俺を見下ろすようなことなんてなかったのに。
それだけ、琴葉のことが大事なんだろう。
一人娘だしな。
むしろ、ゆかりさんの対応が緩すぎただけとも言えるだろう。
「すみませんでした。お義父さん、娘さんを俺にください」
見たことがないほどに激怒した親父さん。
これはもう、何もしていないと説得しようが、謝ろうが、意味はないだろうと瞬間的に思った。
そう思った時、突発的に自分でも予想外の言葉が口から飛び出した。
俺がおかしなことを口走った瞬間、机を叩いた大きな音を聞きつけた琴葉とゆかりさんが書斎の扉を開け、鏑木家の三人がそろって俺の顔を見つめたのだった。
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