プロローグ
「にへへ。私、【錬金術師】になっちゃった」
そんなメッセージとともに俺こと如月真央のスマホに届いた写真を見て驚愕する。
近所に住んでいる昔からの知り合いにして、俺の唯一といっていい女性の知り合いである鏑木琴葉。
その琴葉がナンパそうな男どもに囲まれた写真がスマホの画面に映し出されていたからだ。
「あいつ、周りのやつらが下心丸出しなのわかってねえのかよ」
琴葉はあまり社交的とは言えない俺と昔から仲がいい関係が続いているだけあって、どちらかというと地味な女の子だ。
いつも自分に対して自信がないような雰囲気で、猫背気味だし、前髪が伸びていて目が隠れ気味。
だけど、性格はやさしいし、細かいところには気が利くいい子でもある。
そんな琴葉がガラの悪い連中と一緒にいることなんかないだろうと思っていたが、まさかの事態だ。
【錬金術師】とか書いてあるな?
これはダンジョンに行ったということなんだろうか。
かつては物語の中の空想の存在であったダンジョンだが、いまはリアルにこの世界に存在している。
ダンジョンに入るとそこはまさしく別世界だと誰もが口をそろえて言うそうだ。
一歩足を踏み入れるとそれまでいた空間とは別のところになっていて、モンスターと呼ばれる怪物が跋扈している。
そんなものが出現して世の中は大変な騒ぎになった。
だが、現在は一応の小康状態になっており、昔のように大騒ぎの状態は鳴りを潜めていた。
それは対策が整いつつあったからだ。
というのも、別にダンジョンは放置してもそれほど問題はなさそうだと結論付けられたからである。
リアルに出現したダンジョンをそのまま何もせずに放置していたらモンスターの暴走が起こってスタンピードが起こる、なんてことはいまのところ確認されていない。
なので、平穏な世の中に戻りつつあったのだ。
しかし、だからといって、以前までと同じままであるとは言えない。
というのも、ダンジョンの中はこの地上では確認できない物質が手に入れられたからだ。
植物や鉱物、そして、モンスターも含めた生物の素材。
それらが今、現実にどのように利用できるかが世界中で検討されている。
そして、もうひとつダンジョンがこの世にもたらしたものがある。
それが、【職業】と【スキル】だった。
ダンジョンに入り、一体でもモンスターを倒した者にはもれなく【職業】と【スキル】が手に入るのだ。
それはいわゆる異能の力をもたらすものだった。
琴葉のいう【錬金術師】も当然そのひとつである。
俺自身があまりダンジョンのことに詳しいわけではないが、たしかネットの記事でタイトルから得た情報では当たりの【職業】であるらしい。
【錬金術師】は回復ポーションなどを作ることができるそうで、ダンジョン内部に入る探索者の需要が今後も伸びるであろうこの情勢下において、金銭的に苦労することはないだろうという話だったと記憶している。
そう、つまりは、だ。
ダンジョンに入って得られる【職業】と【スキル】はダンジョンの外である日常であっても使用できるということを意味していた。
【錬金術師】はダンジョンの外であっても素材をポーションに変えることができるからこそ、大当たりの【職業】なのだ。
ようするに、危険な場所に行かずに新技術を用いて金を稼げるということなのだから。
「俺も探索者になるよ。だから、俺と一緒にダンジョンに潜ってくれないか、琴葉?」
「いいの? やった。マー君と一緒にお出かけできるの楽しみだな」
おそらくは、琴葉が当たりの【職業】を引いたことは画面に映る連中も知っていることだろう。
そんな琴葉が放置されるはずもなし。
ダンジョンで探索するために、などといってあの手この手で近づいてこられて、いいように使われてしまうかもしれない。
そんな未来が頭によぎった俺は、思わずメッセージを送ってしまっていた。
俺もダンジョンに潜る、か。
今まではそんなつもりはなかったのだが、急遽俺は危険が潜むそんな未来を選択してしまっていたのだった。
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