21.悪くない一時
翌日、昨日より少しマシになったとは言え、まだ生理痛が治まらない私は、今日もベッドに俯せになってマークに手を当ててもらっていた。
「ありがとう。お蔭様で少しは楽だわ」
「それなら良かった」
優しく微笑みながらずっと手を当ててくれているマークに心底感謝する。私は一日目と二日目が特に痛むのだけれども、三日目からは嘘のように楽になるので、今日一日を乗り切れば後は何とかなるだろう。丁度週末で不幸中の幸いだった。
ちらり、と横になったままマークを見遣る。昨日からずっと私に付きっきりで腰を温めてくれているけれども、退屈ではないのだろうか、と申し訳なく思っていたら、マークと目が合ってしまった。
き、気まずい。何か話題は……!
「そ、そう言えば、もうすぐ国境警備軍との合同訓練よね。今回は私も同行するから宜しくね」
「えっ、お前も来るのか? 戦力的に有り難いけれども、珍しいな」
マークが目を丸くする。今までは合同訓練が行われる遠方の地までの移動時間が勿体ないと、魔法研究を理由に可能な限り逃げ回り、お兄様や他の人達に頼んでいたくらいなので、驚かれるのも無理はない。
「今している魔法研究の件で、キンバリー辺境伯夫人に色々訊きたい事があるのよ」
そう、私が今研究している、ネーロ国の特殊魔法。その唯一とも言える使い手が、国境警備軍総司令官である、セス・キンバリー辺境伯と最近結婚式を挙げられたばかりの奥様、サラ・キンバリー辺境伯夫人なのだ。サラ様が幼い頃に、亡くなられたお母様からおまじないとして教わったと言うこの特殊魔法は、サラ様自身も使えはするもののあまり良く分かっておらず、手紙を遣り取りしながら一緒に究明している最中なのである。
ヴェルメリオ国最北端にあるキンバリー辺境伯領は、国境を挟んで魔獣が出る森に面している為、毎年夏になると、騎士団と国境警備軍による魔獣討伐の合同訓練が行われている。そこに私も同行させてもらって、サラ様と情報交換する予定なのだ! 今からとても楽しみである。
「何だ、討伐の方じゃなくて、魔法研究の方だったのか」
「討伐の方も出るわよ。魔法研究だけだと、流石に遠方のキンバリー辺境伯領までの出張申請は通らないもの」
「……要するに、討伐の皮を被った魔法研究と言う訳だな?」
「ご名答!」
マークが呆れたような視線を向けてくるが、上機嫌の私は気にしない。
「心配しなくても、ちゃんと魔獣討伐も全力で暴れるわよ。何なら前みたいに競争する?」
ニヤリ、と笑みを浮かべながらマークを挑発すると、マークも不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。その勝負乗った!」
「そうこなくっちゃ!」
国王陛下に不仲の改善目的で結婚させられた私達だけれども、これくらいの競争なら問題ないだろう。何せ子供の頃から好敵手として常に比較されるあまり、お互いを意識して長年張り合ってきた私達である。何だかんだで二人共負けず嫌いなのだ。
「久々の勝負事ね。どうせなら何か賭ける? 負けた方が勝った方の言う事を何でも一つ聞くとか」
「な、何でも……!? お、俺は別に構わないが」
目を見開き、顔を赤くして視線を彷徨わせたマークを不思議に思いながらも、私は話を進める。
「じゃあ決まりね。判定方法は何にする? 魔獣の数? それとも大きさ?」
「そうだな……ポイント制はどうだ? 人よりも大きな魔獣は5ポイント、人と大体同じくらいの魔獣なら3ポイント、人より小さければ1ポイントで、それに数を掛けて合算するとか」
「それで良いわ」
久々に張り合いが出て私は口角を上げた。この勝負、絶対に勝つ!
「自信があるみたいだが、俺に簡単に勝てると思うなよ。魔獣討伐なら父上に連れられて、子供の頃からしていたんだからな」
「あら、それを言うなら私だって……あ、やっぱり何でもないわ」
子供の頃から覚えたばかりの魔法を使って腕を試したくて、こっそり家を抜け出しては魔獣討伐に向かうお父様に付いて行き、思う存分魔法を駆使して魔獣を倒しまくっていたという、公爵令嬢らしからぬ事をうっかり口走ってしまいそうになって、私は慌てて口を噤んだ。
「私だって……何だ?」
残念な事に、マークは聞き流してくれなかった。何とか誤魔化そうと試みる。
「ま、魔獣討伐は得意だわ」
「ふーん。俺はてっきり子供の頃からしていたと言うのかと思った」
「えっ、知っていたの!?」
思わず訊いてしまった私は、驚いたように目を見開き、そしてにんまりと笑ったマークを見て、思いっ切り後悔した。
(しまったあぁぁぁ!!)
「へえー、やっぱりそうなのか」
「ゆ、誘導尋問なんて卑怯よ!」
「いや、今のはただ単にお前が口を滑らせただけだろ。お前が悪い」
「そうだけど! そうだけれども!!」
可笑しそうに声を上げて笑い始めたマークを睨み付けながら、私は腹いせにジタバタと手足をベッドに叩き付けた。
「やっぱり俺とお前は似た者同士だったんだな。じゃあ、エマも身分を隠して、平民の振りして一番下っ端から修行させられた事があるのか?」
「ええそうよ! お蔭で口が悪くなったわ!」
もうこうなったら自棄である。今更取り繕っても仕方がない。
「奇遇だな。俺もだ。父上が万が一にも親の七光りで出世したとか因縁を付けられないように、実力を磨けと言われてな」
「ふーん。そういう所は両家共考えが似ているのね」
「どうやらそういう事らしい」
思わぬ所でベネット公爵家とケリー公爵家の共通点が明らかになってしまった。
「まあ、お蔭で腕っぷしは強くなったし、平民も貴族も関係なく気軽に話せるようになったから、口が悪くなった以上の効果はあったがな」
「ああ、それを言うなら私もそうかも。淑女としては口が悪くなったのは困りものだけど、しっかり猫を被って気を付けてさえいれば、意外と何とかなるしね」
「お前の場合、本当に猫被るの上手すぎだよな……」
やけに実感が込められた声でマークが言う。
「あら、何か言いたそうね?」
「……いや、何でもない」
半眼でマークを見据えてやったが、口をもごもごとさせていたマークは結局、何も言わなかった。
「言っておくけれども、あんたも取り繕うの相当上手いわよね? 意外と女性に人気があるって言う噂を聞いた事あるわよ」
「え? そんな噂があるのか?」
外面が良いのは私だけじゃないだろう、と思いながら唇を尖らせていると、戸惑った様子のマークが、私をじっと見つめながら、恐る恐る尋ねてきた。
「……もしかして妬いてくれた、とか?」
「焼く? 何を?」
「……いや、何でもない。うん、エマだもんな……そんな訳ないか」
今度は脱力したように溜息をついたマークに、私は首を傾げる。さっきから一体何なんだ。言いたい事があるならはっきり言ってくれないだろうか。
その後も私達は、他愛ない話をした。内容はどうでも良い事ばかりだったけれども、マークとこんなに沢山話したのは初めてだ。その時間は、不貞腐れたり憤慨したりもしたけれど、穏やかで、意外と楽しくて。こんな時間を過ごせるのなら、偶には生理になるのも悪くないかも、なんて一瞬でも思ってしまったくらいには、満ち足りた一時だった。




