幕間: 司馬懿クンは驚愕する
私の名は司馬懿 仲達。
河内司馬家の次男である。
我が兄弟はそろって優秀であるため、”司馬8達”と呼ばれることもある。
(注:あざなに達の字が入るだけでなく、8人の達人という意味もある)
そんな中でも特に優秀と言われる私は、当然のことながら曹操に目をつけられた。
しかし曹操という男、どうにも虫が好かない。
大した後ろ盾もないのに、この中原を制したのだから、たしかに凄い男なのであろう。
その英雄性に対して、私の中の自尊心が反発しているのかもしれないな。
いずれにしろ、最初はヤツの仕官要請を断っていた。
しかし諦めの悪い曹操は、とうとう強硬手段を持ち出してきたので、やむなく仕官したわけだ。
その後、幸いにも私は曹丕さまに気に入られたため、順調に出世していく。
曹丕さまは曹操さまの嫡男だし、いずれは太子になる可能性が高いので、私の地位も安泰だと思っていた。
しかし中原を制したはずの曹操さまに、楯突く存在が現れたのだ。
孫権と劉備だ。
奴らは荊州に攻めこんだ曹操さまに、連合して立ち向かい、なんと撃退してしまったのだ。
そのうえ益州を制圧して分け合ったり、襄陽までもを攻略してのけた。
なんとも手強い敵が残っていたものである。
しかし華南も益州も、この中華においては辺境に過ぎない。
なのでいずれ、孫権も劉備も討伐されると思っていたのだが、そうはならなかった。
なんと孫権に代わり、孫紹という子供が当主に立つと、中原に攻め入る動きを見せたのだ。
そこで曹操さまは華南への守りを固めると同時に、魏王に就任された。
するとまず劉備が漢中王を名乗り、さらに孫紹も呉王を名乗る。
劉備の方は大して脅威でもないが、孫紹は侮れない。
中原には及ばずとも、かなりの軍事力を養っているようだ。
私の杞憂に終わるといいのだが。
しかし孫紹の力は、やはり本物だった。
ヤツは南陽に攻め入ると、早々に新野を落とし、宛ですら攻略してしまう。
なにやら新兵器を使ったようだが、そのあまりの早さに、兵の手配が間に合わず、南陽を放棄せざるを得なかったほどだ。
危機感を覚えた私は、曹操さまに劉備の切り崩しを進言し、その差配を任される。
実際に劉備に接触してみると、思ったとおりだった。
劉備自体は難しそうだが、宰相の諸葛亮が乗り気だったのだ。
私は巧みに諸葛亮の危機感をあおり、裏切りの可能性を高めた。
そして豫州で我が軍と孫紹軍が戦っている時、見事に私の策は成った。
豫州がまさに落とされようかという時、劉備が南陽を急襲したのだ。
そこで孫紹は、やむなく兵を退いた。
あいにくと敵に痛手を与えるほどではなかったが、陽翟の陥落を防ぐことはできた。
おかげで曹操さまの覚えもめでたく、私の栄達も約束されたようなものだ。
しかし孫紹は思った以上に上手く対応してみせ、我が軍の攻撃にも耐えながら、早々に劉備軍を追い返したらしい。
ええい、劉備軍のなんと不甲斐ないことよ。
このままでは孫紹の再侵攻を許し、反乱分子どもが勢いづいてしまうではないか。
そしてその懸念は、見事に的中してしまう。
「曹丕さまが、豫州へ行かれるのですか?」
「うむ、そうだ。私は父上の名代として、豫州へ赴かねばならん。そこで軍を立て直すので、司馬懿にも手伝ってほしい」
「もちろんでございます。全身全霊をもってお支えしましょう」
「うむ、頼りにしているぞ」
中原の各地で反乱が発生するなか、曹操さまが動けないということで、曹丕さまに豫州への出陣命令が出た。
次期魏王を戦場に出すなど、曹操さまもよほど追い詰められているようだ。
このうえは、なんとしても曹丕さまを勝たせて、後継者の地位を盤石にしてやろう。
そのためなら、どんなことでもやってやる。
しかし実際に豫州の陽翟に来てみれば、状況は思った以上に厳しかった。
兵数こそ10万に近いものの、その多くが新兵で頼りない。
このままでは、この城を落とされてしまうかもしれない。
それならば……
「司馬懿どの、督戦隊を編成するなどとは正気か?」
「もちろんです。兵どもには死ぬ気でやってもらわないと、この城を保つのも危ういですからな」
「し、しかし味方に刃を向けるなど……」
「そんな甘いことを言っている状況ではないのですよ、夏侯惇将軍。これについては、曹丕さまもご了承ずみです」
「うむむ……」
実質的な最高指揮官である夏侯惇を説得し、督戦隊を編成した。
そして逃亡する気配を見せた兵や、手抜きをする者を見つけ出し、厳しく罰したのだ。
そのままでは士気が低下するので、報奨の増額や、食事内容の改善なども実施した。
そのうえで当面は守りに徹する方針を示しつつ、被害を軽減する戦術も考えた。
ただし守るだけでは駄目なので、隙を見ては騎兵を出し、敵を撹乱する。
さらには敵の新兵器が出そうな兆候があれば、多少、強引にでも部隊を進めて、その組立てを阻止してやった。
そうやってなんとか時間を稼いでいるうちに、ようやく増援が到着する。
相変わらず新兵が多いが、我が軍は20万人近い大軍に膨れ上がった。
このうえは早期に決戦を挑むべきだろう。
「曹丕さま。援軍が到着したからには、早々に賊軍を討伐するべきかと。その際、兵どもに多少のアメを示したいと存じますが」
「具体的にはどんなことだ?」
「はい、戦功への報酬の増額だけでなく、兵の家族への税の減免を提示したく」
「むう……金が掛かるな」
「この際、やむを得ないかと。もちろん、兵が死力を尽くすよう、督戦もいたします」
「よかろう。私の責任で認めようではないか。ただしこの戦、絶対に勝ってくれよ」
「御意」
曹丕さまに許可を取って、兵への手当てと督戦隊の手配を終える。
そのうえで我が軍は、全力で攻撃に打って出たのだ。
「我が軍は被害甚大なれど、全方面で優勢。いずれ敵を敗走に追いこめる見込みです」
「ほう、なんとかなりそうだな。さすがは司馬懿だ」
「いえ、まだまだ、最後まで気は抜けませぬ」
そうは言っているものの、私もほぼ決着はついたと思っていた。
しかし孫紹には、まだ隠し玉があったのだ。
「敵がまた、新兵器を出してきました。凄まじい音と衝撃で、味方に動揺が広がっています」
「なんだとっ! まだそのようなモノを隠していたのか! どうする? 司馬懿」
「……大至急、督戦隊に指示を出し、逃げ出す者を処刑します。ただし万一の場合も考えられますので、曹丕さまは撤退のご準備を」
「私に兵を見捨てて、逃げ出せと言うのか?!」
「落ち着いてください。そうならないようにしますが、万一のためです。曹操さまもこんなところで曹丕さまが死ぬなど、望んではいないでしょう」
「ぐっ……やむを得んな」
くそっ、まさかこんなことになるとは。
いずれにしろ、なんとか撤退を成功させねば。




