31.改革の始まり
第2章の始まりです。
まだしばらくは隔日更新でいきます。
建安20年(215年)2月 揚州 丹陽郡 建業
ハロー、エブリバディ。
孫紹クンだよ。
幸いにも俺は孫権と争うことなく、孫家の実権を握ることに成功した。
それは当主代行という形ではあったが、齢16にして巨大な軍閥を一手に動かすのだ。
俺はその責任の重さに震えつつも、組織の改革に着手した。
その第1歩は、まず建業での方針説明だった。
俺は各地に散っている主な武官・文官を呼び集め、会議を開く。
「それでは皆さんお集まりなので、我が孫軍閥の方針説明を始めます」
その場には主な文官として、張昭、諸葛瑾、顧雍、魯粛などがいた。
さらに武官は程普、黄蓋、韓当、周泰、甘寧、呂範などである。
ちなみに孫権も俺の隣にいる。
すると張昭が、さっそく苦言を呈した。
「孫紹さま。当主代行となるからには、上下の区別は必要です。臣下に対して敬語を使うのは、やめませぬか?」
「う~ん、そうかもしれませんね。しかし私は見てのとおりの若輩者です。晴れて当主となるまでは、これでいいのではありませんか」
「いや、しかしですな……」
「よいではないか、張昭。今後、孫紹が認められれば、自然と言葉も改まるであろう」
「は、孫権さまがそうおっしゃるのであれば」
結局、孫権がとりなすことで、俺の言葉遣いについてはそのままとなった。
俺も迷ったのだが、最初は謙虚に振る舞ったほうが、受けはいいだろうと思うのだ。
「それで当面の方針ですが、支配領域の守りを固めつつ、領内の開発を進めます。そして十分に力を蓄えたうえで、中原に打って出ます」
「「「おお~」」」
改めて中原に打って出ると言ったために、出席者から驚きの声が上がる。
すると程普が疑問の声を上げた。
「中原に打って出る目的は、なんでしょうか? 我らが中原に行っても、ろくなことはないと思いますがな」
「たしかに困難はあるでしょうね。しかし現在の漢王朝は、曹操の傀儡にされています。その正統を取り戻すのは、我らの義務だと思うのです」
「むう……それはたしかに……」
俺自身はそんなこと、これっぽっちも義務だとは思ってないが、この時代では当然の価値観なのだ。
儒教が根付いている古代中国では、聖漢のもとに中華が治まるべしという価値観が、深くすりこまれていた。
だから当面はそれをお題目にして、皆を引っ張っていくことになる。
しかしそれだけではないことも、はっきりさせておく。
「しかし中原に出るのは、それだけではありません。現実問題としてそうしなければ、私たちが滅ぼされるからです」
「なんと」
「む、否定できんな」
「しかしそんなことが?」
俺の言葉に、多くの者がざわつく。
すると甘寧が、正面から俺に問うてきた。
「それは曹操に滅ぼされるって話ですよね? 俺たちの状況は、そんなにまずいんですかい?」
「まずいですね。なぜなら華北と華南の間には、人口や生産力において、大きな差があるからです。現状は中原にも反乱分子がいて、不安定な状況ですが、それを平定されると、もう勝ち目はなくなります。つまりここ数年で、中原に攻めこめなければ、勝機はなくなると思ってください」
再び出席者たちがざわつく。
さすがにここにいる人たちは、中原の状況も多少は知っているので、俺の言葉を否定できなかった。
すると甘寧が、再び口を開く。
「さすが、孫家の当主になろうってお方だ。よく調べてあるようですね。そのうえであえて訊きます。本当に俺たちは勝てるんですかい?」
「それは時の運もあるでしょうが、十分に可能性はあります。いろいろと準備が、必要ですけどね」
「ほう、その辺をもっと詳しく、教えてほしいですね」
「ええ、いいですよ。まずは――」
そこから俺は、詳細な構想を説明していく。
まず領内で農地開発を進め、食料の増産を促す。
それと並行して戸籍登録者を増やし、徴税と労役、兵役の対象者を確保するのだ。
この戸籍の登録は、流民の受け入れだけでなく、豪族に私有民を吐き出させることで進める。
もちろん豪族の反発はあるだろうが、強権と税の減免を上手く使って、少しずつ進めることになるだろう。
それに加え、別のところからも、兵力の増強を考えていた。
「山越賊を恭順させるですと? 言うのは簡単ですが、それができていれば、苦労はしておりませんぞ」
程普が言うように、多くの者が懐疑的な目を向けてきた。
山越賊とは揚州の山岳地帯に住む異民族で、事あるごとに反乱を起こしてきた、厄介な連中だ。
元々は長江流域に住んでいた異民族だが、そこに漢人の逃亡者や犯罪者が加わり、より凶悪化してきた。
そのため山越賊と言われるほど厄介な存在となり、その対応に孫策や孫権も悩まされてきたのだ。
現実に今も、陸遜や賀斉などの武将が鎮圧に当たっており、我が軍に少なくない負担を掛けていた。
しかしそれだけに、恭順させられた場合の効果は大きいというものだ。
「今までのやり方では、難しいでしょうね。そこでしばらくは山越の情報を集め、交渉のできそうな部族を探します。それが見つかった時点で、私がじかに交渉にいきましょう」
「なりませんぞ、孫紹さま!」
ここですかさず制止の声を掛けたのは、張昭である。
さすがは孫呉最大のお目付け役。
しかしあらかじめ予想していたので、俺も涼しい顔で答える。
「張昭どの、これは私が行かないと、ダメなのですよ。そうでなければ相手に、私の本気が伝わりませんからね」
「む、しかし当主になろうという者が、蛮族の本拠に乗りこむなぞ、言語道断です。それに山越族は何十もの部族に分かれているのですぞ。いちいちそれに対応していては、身が持ちません。誰か他の者にやらせるべきです」
「もちろん、私が赴くのは最初だけですよ。それ以降は代理を出すか、こちらに来てもらうことになるでしょうね。しかし最初だけは、私が行く必要があるのです」
「いや、しかし……」
なおも引き下がろうとしない張昭を、黄蓋が止めた。
「まあまあ、張昭どの。たしかに若の言うことにも、一理はあります。仮に若が赴く場合は、我らが万全の体制を取ると約束しましょう。とりあえずその先を、聞いてみようではありませんか」
「まあ、黄蓋どのがそう言うなら。それで孫紹さま、山越とじかに会って、何を話すのですかな?」
「そうですね……最初は山越との間に不可侵協定を結び、交流を増やすことに努めます。そうして信頼を得ながら、やがては彼らを絡めとることになるでしょうね」
「なんと!」




