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世界が七回、裏返る前に  作者: 臥亜


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9/9

観測者のいない朝

安定率は、ゆっくり下がっていた。


51%。


50%。


49%。


 


世界は崩れない。


だが、僕たちが崩れていく。


 


最初に気づいたのは、影だった。


 


夕暮れ。


並んで歩いているのに、

地面に映る影が一つしかない。


 


「どっちだろ」


ミアが笑う。


 


次に、声。


 


僕が話しているのに、

風だけが返事をする瞬間がある。


 


街の人々は気づかない。


 


正確には、


“気づけない”。


 


観測されなければ、

存在は薄くなる。


 


僕たちは今、

世界を支える側に回っている。


 


願望主体を分割した代償。


 


世界の安定は上がらない。


代わりに、


“僕たちが基礎になっている”。


 


 


夜。


神殿が、最後に現れる。


 


『安定率 32%』


 


『観測者消失により固定可能』


 


 


ミアが静かに言う。


 


「私たちがいなくなれば、世界は安定するんだ」


 


 


肯定も否定もない。


 


事実だけ。


 


 


僕は笑う。


 


「一回目とは逆だな」


 


 


あのときは、

世界が壊れて、僕たちだけが残った。


 


今は、

僕たちが消えれば、世界が残る。


 


 


「後悔してる?」


 


 


ミアは首を振る。


 


 


「ううん」


 


 


「今度は、ちゃんと一緒だったから」


 


 


 


身体が、透けていく。


 


指先から。


 


 


触れようとすると、少しだけすり抜ける。


 


 


「ねえ」


 


 


ミアが言う。


 


 


「最後に、誰かに渡そう」


 


 


「何を」


 


 


「役目」


 


 


 


広場に、小さな少女がいる。


 


空のひびを見上げている。


 


誰も気にしていないのに。


 


 


「見えるの?」


 


ミアが聞く。


 


少女はうなずく。


 


 


「空、割れてるよね」


 


 


僕とミアは顔を見合わせる。


 


 


観測できる。


 


 


この子は、観測者になれる。


 


 


神殿の声。


 


 


『継承候補確認』


 


 


僕は少女の前にしゃがむ。


 


 


「怖いか?」


 


 


少女は少し考えて、首を振る。


 


 


「でも、変だなって思う」


 


 


ミアが優しく微笑む。


 


 


「それでいいよ」


 


 


 


僕たちの身体は、もう半分透けている。


 


 


少女の額に、そっと触れる。


 


 


光が移る。


 


 


七つでも、十四でもない。


 


 


“観測する力”。


 


 


世界を認識し、固定する力。


 


 


 


安定率 48%。


 


 


少女が、空を見る。


 


 


ひびが、少し閉じる。


 


 


安定率 63%。


 


 


僕たちの輪郭が、薄くなる。


 


 


ミアが僕を見る。


 


 


「今度は、ちゃんと死ねるね」


 


 


「うん」


 


 


怖くない。


 


 


一回目のような後悔もない。


 


 


僕は彼女の手を握る。


 


 


今度は、すり抜けない。


 


 


最後の数秒だけ、完全に触れられる。


 


 


安定率 81%。


 


 


少女が振り向く。


 


 


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、名前は?」


 


 


僕たちは、顔を見合わせる。


 


 


名前。


 


 


そういえば。


 


 


少し考えて、


 


同時に言う。


 


 


「内緒」


 


 


 


光になる。


 


 


世界が静かに固定される。


 


 


安定率 100%。


 


 


 


 


朝。


 


 


少女が目を覚ます。


 


 


空は青い。


 


ひびはない。


 


 


けれど時々、


 


理由もなく、涙が出る。


 


 


誰かを失った気がする。


 


 


でも、誰だったかはわからない。


 


 


広場には、風が吹いている。


 


 


世界は、続いている。


 


 


 


——終わり。

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