観測者のいない朝
安定率は、ゆっくり下がっていた。
51%。
50%。
49%。
世界は崩れない。
だが、僕たちが崩れていく。
最初に気づいたのは、影だった。
夕暮れ。
並んで歩いているのに、
地面に映る影が一つしかない。
「どっちだろ」
ミアが笑う。
次に、声。
僕が話しているのに、
風だけが返事をする瞬間がある。
街の人々は気づかない。
正確には、
“気づけない”。
観測されなければ、
存在は薄くなる。
僕たちは今、
世界を支える側に回っている。
願望主体を分割した代償。
世界の安定は上がらない。
代わりに、
“僕たちが基礎になっている”。
夜。
神殿が、最後に現れる。
『安定率 32%』
『観測者消失により固定可能』
ミアが静かに言う。
「私たちがいなくなれば、世界は安定するんだ」
肯定も否定もない。
事実だけ。
僕は笑う。
「一回目とは逆だな」
あのときは、
世界が壊れて、僕たちだけが残った。
今は、
僕たちが消えれば、世界が残る。
「後悔してる?」
ミアは首を振る。
「ううん」
「今度は、ちゃんと一緒だったから」
身体が、透けていく。
指先から。
触れようとすると、少しだけすり抜ける。
「ねえ」
ミアが言う。
「最後に、誰かに渡そう」
「何を」
「役目」
広場に、小さな少女がいる。
空のひびを見上げている。
誰も気にしていないのに。
「見えるの?」
ミアが聞く。
少女はうなずく。
「空、割れてるよね」
僕とミアは顔を見合わせる。
観測できる。
この子は、観測者になれる。
神殿の声。
『継承候補確認』
僕は少女の前にしゃがむ。
「怖いか?」
少女は少し考えて、首を振る。
「でも、変だなって思う」
ミアが優しく微笑む。
「それでいいよ」
僕たちの身体は、もう半分透けている。
少女の額に、そっと触れる。
光が移る。
七つでも、十四でもない。
“観測する力”。
世界を認識し、固定する力。
安定率 48%。
少女が、空を見る。
ひびが、少し閉じる。
安定率 63%。
僕たちの輪郭が、薄くなる。
ミアが僕を見る。
「今度は、ちゃんと死ねるね」
「うん」
怖くない。
一回目のような後悔もない。
僕は彼女の手を握る。
今度は、すり抜けない。
最後の数秒だけ、完全に触れられる。
安定率 81%。
少女が振り向く。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、名前は?」
僕たちは、顔を見合わせる。
名前。
そういえば。
少し考えて、
同時に言う。
「内緒」
光になる。
世界が静かに固定される。
安定率 100%。
朝。
少女が目を覚ます。
空は青い。
ひびはない。
けれど時々、
理由もなく、涙が出る。
誰かを失った気がする。
でも、誰だったかはわからない。
広場には、風が吹いている。
世界は、続いている。
——終わり。




