一回目の世界
世界は、ゆっくり壊れた。
突然ではない。
ある日、空に細いひびが入った。
それだけだった。
誰も本気にしなかった。
「蜃気楼だろ」
「新しい魔術実験の失敗だ」
だがひびは、毎日少しずつ広がった。
まるで空がガラスのように。
最初に消えたのは、鳥だった。
飛んでいたはずの鳥が、
途中で音もなく消えた。
羽も血も落ちない。
ただ“存在しなくなる”。
次に海が減った。
波が引いたまま戻らない。
魚が砂の上で跳ね、
やがて砂ごと消えた。
そして人が消え始めた。
前触れはない。
話していた相手が、
瞬きをした次の瞬間、
そこにいない。
「リク、怖い」
ミアは僕の袖を握っていた。
赤い髪が震えている。
僕は笑った。
「大丈夫だよ」
嘘だった。
大丈夫なわけがない。
空はもう、半分以上が砕けている。
ひびの向こうには“何もない”。
星も、光も、闇もない。
ただの空白。
王都は封鎖され、
神殿は祈りで満ち、
学者たちは逃げ出した。
世界は終わる。
誰もが、それを理解していた。
それでも僕らは、生きていた。
最後の夜。
街は静かだった。
略奪も暴動もない。
ただ、諦めた空気。
僕とミアは、崩れかけた塔の上にいた。
「もし、生まれ変わったらさ」
ミアが言う。
「また会えるかな」
僕は即答できなかった。
世界が消えるのに、
生まれ変わりなんてあるのか。
だが彼女は続ける。
「私、次は強い人になりたい」
「今でも強いよ」
「違うの。守られる側じゃなくて」
そのとき、塔の足元が崩れた。
悲鳴。
落下。
衝撃。
僕は瓦礫の中で目を覚ます。
腕の中に、ミア。
血が広がっている。
呼吸が、浅い。
「リク」
かすれた声。
「怖い」
僕は彼女を抱きしめる。
空が完全に割れる。
白い光が降りてくる。
世界が剥がれていく。
街が、山が、空が、
紙のようにめくれて消えていく。
「嫌だ」
僕は叫ぶ。
「やり直せるなら——」
声が震える。
「何度でもやり直す」
彼女を強く抱く。
「だから、消えないで」
その瞬間。
時間が止まった。
崩壊が、停止する。
空の裂け目から、声が落ちる。
「願いを確認」
世界が、静止する。
「対価を提示」
目の前に、七つの光の輪が現れる。
「七回」
声が告げる。
「七回まで再構築を許可する」
「七回目で確定」
「一名、消失」
意味はわからない。
だが理解する。
やり直せる。
彼女を救える。
僕は迷わなかった。
「やる」
七つの輪が回転する。
世界が反転する。
ミアの体が光に溶ける。
「次は、失敗しないで」
彼女が、微笑む。
そして——
世界は、裏返った。
それが、二回目の始まり。




