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王者不在

暗闇。

樹と大翔のユニゾンが会場に響くと、黄色い歓声が隅々にまで充満し、既に壇上は七色に光り輝いているかのようだ。


客席では赤青黄色のペンライトが激しく揺れる。歌声を己の耳へ届けたい、その意志の広がりとともに、歓声がやがて収まろうとしている。


光が柔らかく演壇へ注ぐ。まだ薄暗い。そこに既にあった色の形が、だんだんとあらわになってゆく。


演壇の両端に少年がふたり。

おおよそ十センチメートルの身長差は、ふたりの距離が近づくたびに顕著になる。


ふたりが手を触れ合う。先走ったような疎らな歓声が一部から沸くがやがて静まる。

そして歌が止む。

薄暗い中に取り残されたようなふたりのこれからを、知っているはずの未来を、観客は固唾を飲んで見守っている。


突如、大音量で音楽が鳴る。同時に、まばゆいばかりの光に演壇が照らされる。堰を切ったように歓声が流れ込む。


ふたりがマイクを片手に踊り始める。激しいダンスとは異なる、静と動が混ざりあう、緩と急の折り重なるダンス。


再生されているオケは、動画サイトで公開済みのものと寸分違わないのに、生の歌声と、会場を揺らす観客の叫声にひずみ、唯一無二の音楽へと変貌している。


秩序と無秩序、様々な想いがドロドロと溶け合わず混ぜ合う観客席。

心からの恋をする者、遠くから眺めるだけで十分だなどと自分をごまかす者、愛する人は他に居るがそれはそれとして今を楽しむ者、それぞれが別々の熱を放ち、思い思いの応援道具を持って、誰が定めたのか知れやしないコールを合わせる。


大翔と樹は、その、善とも悪とも言い難い、表面ばかり甘い砂糖に包まれた、毒と呼ぶのが適当であろう、すえた欲望を、その身に受けて、美しく咲く。

道辺のスミレより強く、一輪挿しの牡丹より孤独に、桜並木より華やかに、大事に育てられた胡蝶蘭より厳かに、群生する茉莉花より芳香を振り撒き、その歌い踊る姿は、自然が望む子孫繁栄の願いさえ今や超えて、観客の心へ突き刺さる。

人間の欲望は、既に自然の理を超えている。


クライマックスが近づく。

誰もが望むその瞬間へ、誰も望まないその瞬間へ。

ステージの死。その瞬間の死。


「アイドルを好きになる」。

その先に何も幸せはない。誰の幸せも存在しない。

ステージが終わる瞬間に死ねたならどれだけ幸せだろうか。それは夢のまた夢。叶わない夢。


演壇のふたりは、それでも、全部を覆い隠すくらいの甘い夢を見させる。それを作れなきゃアイドルでいられない。すべてを出し切って、尚その先にもっと温く甘い夢があると思わせる。


そして、終わる。

歌声が終わる。音楽も終わる。踊りも、光の明滅も、すべて消え去る。


意味を持たない叫声に、会場は満たされる。

演壇ふたりは、徐ろに握手して、観客に一礼。これ以上ない騒音が、薄明かりの中をいつまでも響いていた。

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