王者の余裕
ドタドタと走るいくつもの制服姿は、沙那輪中学のものだ。
その先には、同じく沙那輪中学の制服を着た、しかし、やけに大人びた雰囲気の少年が居た。
「怜兔君!」「小五月蝿いのが居るぜ」「女居るアイドルは居るか? っつって嗅ぎ回ってんだってさ」
かわるがわる伝令を務める生徒らに対し、落ち着き払った怜兔は、一呼吸おいて口を開く。
「阿比衣中学の生徒だろう?」
「御名答」「怜兔君、よく分かったね」「野郎ども、一度シメさすか?」「足はつけんぜ」
「やめとけ。あっちだって用意があるだろさ。それに、女関係の漏洩は御法度だ、報復に遭って損をするのはあちらさんよ」
「それもそうだな」「でも気に入らねえよ」「どうにかやり返せねえか?」
「こらこらー、眼の前のこと集中集中!」
と、会話に入ってきたのは、シックなステージ衣装の少年だった。
「大翔君!」
「僕らのステージは裏方のみんなのお陰で成り立ってるんだからさ、こんな直前に余計なこと考えちゃ駄目だよー」
「まあ、そうだけど」「いてもたってもいられなくて」
「うんうん、分かってるよー。ありがとうありがとう。ささ、僕らのために、行ってくれー!」
「はい!」
と、制服組は持ち場へと去っていった。それに入れ替わるように、もうひとり、ステージ衣装の少年がやってきた。
「あれじゃあ、効いてるのと同じだな。ハナからうちはノーダメだってのに。阿比衣中学の野郎、こそこそよく動きやがるぜ。なあ怜兔」
「樹、手首はどう?」
と、怜兔は樹の右手を取った。その手首はテーピングされている。
「平気平気。それより阿比衣中学の」
「樹ィ、怜兔はねー、話そらしてくれてんだよー。それじゃ効いてるのと同じなんだからー!」と、大翔は樹の頬をつねる。
「あー、はいはいごめんごめん」
怜兔はくすりと、さも美少年らしく笑う。
「しかしあいつも案外、本質が分かってないな」
「本質?」
「みんなで楽しみましょう。活動の根本さ」
ぐわんぐわんと鳴っていた音楽がやみ、歓声が上がる。
「さて、出番だ」と、樹は気合を入れ直す。
「……今更ながら、ごめんね、今日は任せることになって」
怜兔はしゅんと落ち込んだような仕草を見せるが、
「本音は?」
「サボれてラッキー。別に重要な大会でもないし」と、怜兔ははじめて年相応の笑みを浮かべた。
「宜しい。そうじゃなきゃ」大翔は嬉しそうに笑う。
「じゃ、実力差見せつけてくっから」樹は不敵に笑う。
「うんうん、やっちゃって。馬鹿な企み全部薙ぎ払っちゃってよ」
怜兔の言葉に送り出されて、ふたりは暗転したステージへ向かった。




