イッツ・ショウ・タイム
舞台裏。
暗がりに点在する心許ない明かり。漏れ聞こえる、ぐわぐわと歪んだ音。
光量も、交わされる会話の声量も、足早に急ぐ足音も、そこではすべて最低限。
清香はひとり、モニターを前にし、パイプ椅子に腰掛け脚を組んでいる。
そこに映る、どうにも派手な衣装で歌い踊る男たちと遜色のない、きらきら光沢のある派手な服を堂々身にまとっている。
周りでは、様々な制服の生徒が忙しなく走り回っているが、対照的に、リラックスして欠伸さえ漏らしながら眺めていた。
そこへ、制服を着た、巨体の、金髪のチンピラが、肩を揺らし不機嫌な顔で風を切って歩み寄ってきた。
本人としてはその気はないが、その威嚇するような視線に、向こうの方から勝手に道はできて、真っ直ぐに清香のもとへやってくることができる。
「辰巳、首尾はどーよ」
そちらを向かずに清香は聞いた。辰巳は屈んで顔を耳元に寄せる。
「首尾も何もねーって。こんなところで尻尾出す馬鹿ァおらんわ」
「そりゃそうだ」
「おいハナ無駄足踏ませたってのか馬鹿野郎!」
「全然無駄じゃないよ。ガラの悪いのに嗅ぎ回られたとなりゃ、気になって演技どころじゃなくなるでしょー。そりゃ弱み掴めりゃいいけどさ、敵どもの点数一点でも下げさせりゃ御の字ってこと」
「悪巧みばかりの性悪のくせに、誰のガラが悪いって?」
「俺は顔も頭もいいんだから、性格だけでも悪くしとかないと最悪でしょ。皆と釣り合い取れないよ」
「何食ったらそんな頭になれる?」
「同じ釜の飯を食う学友でしょーがァ」
「おいコラ清香ァ!」
と、清香と同じ格好をした桜恋が、ふたりの会話に割り入る。「何やってっか知らんがお前、お相手を百点から九十点にしたって、俺らが八十点なら意味ねえぜ!」
「ああ、そりゃそうだ」
「さっさとこっち来い! 他の奴ら待ってっぜ!」
「はいよ」
と、清香は腰を上げ辰巳とともに、早足でその場を立ち去る桜恋に続いた。
その先には、桜恋清香と同じ格好の三人と、制服を着た男女が、秩序なくたむろしている。
「うっし、全員居るな」と桜恋は腕組みをする。
「おお、こっちだって準備あるんだ、さっさと頼むぜ大将!」と、その中からヤジが飛ぶ。
「まあまあ、こういうのは全員でひとつの場所で聞くから意味があるってもんだ」と、桜恋は全員を見回した。
「さてさてお立会い! 本日の対戦相手のひとつ、東京都に御座います武蔵野沙那輪中学は、高額なる学費に関わらず、全国の親御様があらゆる手を尽くしてでも子供を捩じ込みたい、超有名私立校!
そこにおわすお子様方も一人残らず、幼少より親の金を吸って巨大化した化け物たちでェございます!
そんな、全国から愛された有名校に対しますは、我ら愛知の片田舎……「名古屋が近い」だけが取り柄の我が校、阿比衣中学にゃ、施設や授業の質は勿論、勉強も部活も、勝つ所はひとつとして御座いません!」
「笑えるくらいにな」と、真顔のまま呟く清香。
「おめーなァ」と、円陣の中の制服のひとりが枯れたような笑みを浮かべる。
「その通り! 勝てることはひとつもねえ。きっと将来も、エリートらしくエリートの大学行ってエリートどもと乳繰り合ってエリートづらして生きてゆくに違いねえ。
実際、卒業生から毎年のように政治家だ官僚だ有名学者だ輩出していらっしゃる。
うちらはどうだ? 卒業生の全国区の有名人といえば、プロ野球選手がひとり居たが、一昨年の暮に戦力外通告されて、二十代半ばで辞めちまった。
大企業の主任にまでなりゃいい方で、悲しいかな、ヤクザだ反社だと定期的に現れる。
負けの定まった人生さ。
だとしても、だ。ずっととは限らねえ。
一度だって良いじゃねえか。一度だって奴らに土つけたなら、こんなに気のすくことはねえぜ。
将来のエリート候補どもが、一度でも、このチンピラボンクラどもに頭を下げる!
おい! 奴ら上から見下ろして、ゲラゲラ笑ってやろうぜ! なあ、おい! 奴らを一度でも足蹴にすっぞ!」
「よっしゃあ!」
一同、声を合わせる。桜恋は得意げに頷いた。
「よっし! 各自持ち場に付けェー!」
制服姿の阿比衣中学生徒たちは、その言葉で元気に散っていった。仁王立ちする桜恋に、清香がそっと近寄る。
「みんな性格悪くて助かるよ。こっちも胸張って無茶ができる」
「良かったな、お互いバカで。……いや、あんまり無茶はしてほしくねーが」
「次の次は、奴らだな。……うちの部員、生は初めてなんじゃないか? ステージ目の当たりにして自信なくしたりしないかな」
「そんなタマじゃねーって。なりふり構わねえ恥知らずってのがウチの特徴だ」
「それじゃあ、ただのバカの集まりだよ」
「だから何度もそう言ってんじゃねえか」




