第46話 頼られたい
【桜庭瑞希】
……蝶々。
綺麗な、金の蝶々が、晴明君に近づいていく。
そして、それはふんわりと彼の枕元に降り立ってーーーーーーー。
「ふぇっ!?」
ーーー妙ちきりんな奇声と共に意識が覚醒する。
「えっ!?」
私は私の顔を覗き込んで、笑いを堪えるようにしている彼と目があった。
「……おはようございます、瑞希さん」
「せ、晴明君!?」
「しっ!声が大きいですよ」
くすくすと笑いながらそういう晴明君に、私は現状を理解できず目を瞬かせた。
「えっ!?だって、昨日っ!?お医者さんは、2、3日は絶対安静にって……あれ……!?」
そんな馬鹿な。
昨日、ひどい高熱を出していたはずなのに。
が、しかし、晴明君は完全に身を起こしているし、その顔色も良好である。
なぬ!?
「……僕も、何故だかはわからないのですが……今朝、急に体が軽くなって、熱が引いたみたいで」
「そ、そうだったんだ……」
一体何があったんだろう?
いや、もちろん元気になるのはいいことだが。
「瑞希さん」
「は、はい!?」
突然名前を呼ばれてビシッと直立した私にクスッと少し笑い、言った。
「……申し訳ありませんでした」
「えっ……?」
「今朝、起きた時、山南さんがいらして、言われたんです。あなたが、夜通し看病してくれたことを」
「あ……」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「……それは違うよ」
「え?」
迷惑をかけた?
晴明君が?
「晴明君に風邪を引かせたのは、私だもん。それに、ごめんなさいっていうのは、悪いことした時にいう言葉だよ。この場合は、違うでしょ。ごめんなさい、じゃなくて……」
今、言うべきなのは。
「ありがとう、でしょ?」
「!!」
目を見開く晴明君。
「……瑞希さん」
「うん」
「ありがとう、ございます」
「っ……!」
ふわっとした、自然な笑みが広がる。
少し恥ずかしいからか、ほんのりとほおが赤く染まっている。
ーーーそんな笑顔、反則でしょ!!
その、今までの儚げな笑みとはまた違う、素直な微笑に、私は不覚にも見とれてしまった。
今の私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
案の定、私の様子を不審に感じたらしい晴明君はキョトンと首を傾げて言った。
「……瑞希さん?顔が真っ赤ですよ?」
「き、気のせいっ!!」
「そうですか?」
「ああっ!!今、笑ったでしょ!!」
「ふふっ……いいえ?見間違いでは?」
「いや、普通に笑ってるし!見間違え違う!」
パシパシと床を叩きながら抗議する私に、ちょっと意地悪な笑みを浮かべた晴明君が追い打ちをかける。
ーーー私は、今日、晴明君のことが少しだけわかった気がした。
晴明君は、多分、とっても優しいんだ。
だから、どうしても自分は二の次になってしまう。
だから、人に頼るということをごく力避けているのだろう。
ーーーもしかしたら、晴明君はそのせいで、「人を頼る」ということをよく知らないのかもしれない。
ーーーいつか、晴明君に頼りたいと思えるようになれればいいな。
その時、私はそう、強く思ったーーーーーーーーーーーーー。
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【土方歳三】
「……総司、お前はどう思う?」
「なんのことです?」
ーーー聡いお前なら話なっているだろうに。
「桜庭瑞希と小鳥遊桔梗についてだ。あれから何かわかったか?」
「さぁ……今の所はこれといって怪しいところはありませんねぇ」
「本当か?」
腹の読めないヘラヘラとした笑みの総司をじっと睨むように見据える。
が、その中に感情を見つけることはできなかった。
「嫌だなぁ、土方さん。僕を疑ってるんですか?」
「いや……まぁいい」
こいつが何かを隠しているにせよ、こいつ自身が裏切るようなことは万に一つもない。
沖田総司という奴はそういう人間だ。
「引き続き、二人の監視を。いいな?」
「了解」
一礼し、去っていく総司を横目で見送り、換気のために空けてある障子の外をなんと無しに見やる。
ーーー嫌味なほどに晴れていやがる。
ついこの前まで雨が降り続いていたってのに。
「桜庭、瑞希」
あいつも、人を斬ることを知ったか。
正直、俺はあいつが人を斬る前から……あいつの知り合いが斬り殺された時点でもうダメだなと思っていた。
案の定、あいつは次の日フラフラと外に出て行った。
ーーーそして、人を斬って帰ってきた。
帰ってきたあいつは泣きはらした目をしていたにもかかわらず、その瞳にはどこか吹っ切れたような感情が宿っていた。
おそらく、その主な要因は何か血相を変えてあいつを追いかけていった小鳥遊桔梗にあるだろう。
ーーーいったい、あの男は何者だ?
なぜ、桜庭瑞希が人を斬ると知っていた?
確かに、あの男は占い師のようなものだと言っていた。
が、俺はそんなものはハナから信じてはいない。
だが。
もし……?
「……くだらんな」
もし、なんてことがあってたまるか。
と、不意に。
脳裏に金色の何かが横切った。
「なんだ……?」
懐かしいような、だが、本能的に思い出してはいけないようなーーーーーーーーー。
金色。
俺は。
何かを忘れているーーーーーーーーー?
その時。
視界の端を、金の蝶がひらりと舞ったーーーーーーー気がした。




