第153話 平助君の怪我
「ええっと、平助君のは手前の部屋にいるんだよね」
左之が会話の間にそんなことを言ってたはず。
……手前……ここ、かな?
「……平す……」
ーーースパンッ!!
「瑞希!! 」
「のわぁ!? 」
入室許可を得るよりも早く、内側から襖が開けられ、泡を食った私は思わず変な声と言葉で叫んだ。
いきなり、勢いよく引かれたせいで柱にゴンッと音を立てて跳ねた襖に再度ビクつきつく私に、中から飛び出してきた人物は慌てた様子で言った。
「す、すみません!! 驚かせるようなことをしてしまって……」
「へ、平助君!? 」
ああ、部屋、間違えていなかったんだ……って、違う!!
「起き上がってても大丈夫なの!? 」
「え? ああ、はい、大丈夫ですよ。僕の怪我は小さい切り傷や打撲がほとんどで、総司や一ほどひどい怪我は負ってないですから」
「そ、そうなんだ……」
ひどい怪我をしていない、と本人は言っているが、ちらりと見えた、寝巻きの浴衣の袖から覗く腕には真新しい血の滲んだ包帯が巻かれていて実に痛々しい。
150センチメートル代前半な身長の私よりも少し大きいくらいーーー多分157、8くらいーーーの小柄な彼は体つきも比較的華奢であり、それゆえに私は一はともかくとして、殺しても死ななそうな総司に比べてダメージが大きかったのではと危惧していたのだ。
とはいえ、小さい傷は痛々しいが、動けるレベルには元気なようで私はとりあえず安堵のため息をついた。
「はぁ……とりあえず平助君が無事でよかったよ。だけど、どうして私が来るってわかったの? 」
さっき私が声をかけるよりも早く襖を開けたよね?
「ああ、それは瑞希の声が聞こえたからですよ。廊下で何か叫んでましたよね? 」
「あ、それ聞こえてたんだ? 」
「はい」
それって、多分さっき新八に対しての声だ。
確かに、あの時大声出してたから、ここ木造だし、案外聞こえていたのかも。
「あはは、ごめんごめん、うるさかったよね? 」
「あ、いえ、そういうつもりで言ったんじゃ……って、す、すみませんっ!! こんな格好で……!! 」
「ん? 私は別に気にしないけど……」
ハッとした様子で自分が浴衣一枚という薄着でいることに気がついたらしい平助君はサッと顔を赤らめて後退する。
「……瑞希が気にしなくても僕が気にするんですっ!! 」
「そ、そう? 」
うーん、そういうものなのかなぁ?
私からしたら、この時代の寝巻きは浴衣一枚だし、平成うまれの私を始め、未来じゃあ浴衣姿でお祭りとか行ってたから恥ずかしいとか特にないんだよね。
「でもやっぱり、平助く湯はその格好でいいと思うよ。怪我人なんだから、ほら、いくら起き上がれるからって無理しちゃダメだよ。戻ろ? 」
「で、でも……」
「むぅ。じぃーーーーーーーーー 」
ジッと下からねめつけるように見上げる。
そんな私に、最初は反抗の意を見せた平助君だったが次第に視線に気圧されたようにして、しぶしぶと頷いて言いーーー
「わ、わかりまし……くしゅん」
ーーーかけ、小さなくしゃみに肩を震わせる。
「ああ、この季節、その格好じゃあ寒いか。ちょっと待ってて……よいしょっ、と……」
「って、瑞希!? 何脱いでるんですか!? 」
「いやいや、人聞きの悪いこと言わないでよ!? 羽織を脱いでるだけだからね!? 」
「は、羽織……? 」
「そうそう。私は露出狂じゃないんだから、そんな人の前で脱ぐ趣味とかないよ」
そもそも私を女だと知らない平助君の目の前で脱げるわけがない。
もちろん、知っている人の前じゃあ尚更脱げないけどね!
「ろ、しゅつ……そ、な、そっ……」
顔をトマトのように真っ赤にしながら、口を金魚みたいにパクパクとさせる平助君。
……なんか可愛い。
だけど、うーん、私、なんか変なこと言……ったな、うん。
よし、物事は切り替えが肝心だよね、うん。
「……コホン。とにかく、平助君は、そのままじゃ風邪ひいちゃうからさ、はい! 」
咳払いで露出云々の話に区切りをつけ、脱いだ羽織をばさりと広げて平助君の肩へふわりと乗せる。
「ほら、これであったかいでしょ? 私が着てたからねっ」
ーーーほら、どこぞの家臣が主人のために草履を温めておいたとかって話みたいだよね。
羽織がないと、少し寒いけど、まぁ、私はここ10年くらい風邪ひいてないし、ま、問題ないで……。
「瑞希!! 」
「はいっ!? 」
ーーーえっ、な、なに!?
前触れなくガシッと両肩を掴まれ、思考が中断する。
思わずピシリと起立してしまった私に、その原因たる平助君は何かを決意したような、まっすぐとした視線で見下ろし、その口を開いた……。




