第131話 増え続ける犠牲者
「……乱桜っ!! 」
そう叫んだ瞬間、体の中から膨大な霊力が消えていくのを感じた。
私の呼びかけに応えるかのように、「異界」の扉が開かれる。
ーーー直後、私の世界は暗転した。
********************
桜が散っている。
それ以外は、真っ暗で、何もない。
そこが、私が作り上げた「異界」、「乱桜」。
この世界にいる限り、誰も私に干渉できない。
それがたとえ晴明でも、あの金毛九尾でも。
「……っ、はぁ」
ーーーあいつの「正体」を「視た」時の嫌な汗が未だ消えない。
「まさか、まだいたとは」
「金毛九尾」。
あの子供は、思っていた以上に危険な存在だわ。
「あれは私では太刀打ちできない」
勝てるとしたら、それこそ……。
「……新選組と金毛九尾。この二つが交わることがないよう、願うしかないわ」
ーーー「金毛九尾」は「人」ではない。
あの子供の正体は……。
********************
【金毛九尾】
「あーあ。あのおねぇさん、逃げちゃった。さすがに自分の『異界』に逃げられたらボクでも追えないし」
遊ぶのはまたの機会だなぁ。
「あのおねぇさん、一体何者なんだろうねぇ? ボクと同じようにただの人間じゃないってことはわかるけど。……ま、いっか♪ 」
ここで考えても仕方ない♪
また会えた時にじっくり聞けばいいよね☆
「さーてと。それじゃあ今日も『お掃除』しなきゃ♪」
悪い奴を懲らしめるのが、僕の役目だもん♪
「通りゃんせ 通りゃんせ♪
ここはどこの 細道じゃ♪
天神様の 細道じゃ♪
ちっと通して くだしゃんせ♪
御用のないもの 通しゃせん♪
この子の七つの お祝いに♪
お札を納めに 参ります♪
行きは良い良い 帰りは怖い♪
怖いながらも♪
通りゃんせ 通りゃんせ……」
********************
【桜庭瑞希】
月が変わり、11月はじめのその日。
局長室へ、幹部らが集められていた。
「……一週間足らずの期間で殺されたのはこれで38人、か」
「……いずれも巷では評判の悪い浪士や商人たちばかりのようだね」
「そのすべての場所で狐面が発見されていやがる」
はじめから近藤さん、山南さん、土方さんの順番で、さすがの三人も苦々しい表情で顔をしかめている。
今や、「金毛九尾」が復活したのではないかという噂が街中に広がっていて、もはやその噂を止めることができないところまで来てしまっている。
「ったく、何が正義の味方だよ。いくら悪人ったって、あんだけ惨たらしく殺しといて、どっちが悪人かってんだ。こちとら町の奴らのために働いてるってのに『壬生狼』だの陰口叩かれる。俺らの方が『金毛九尾』よかマシだろーが」
「僻みですか、土方さん? 」
「うっせ総司。斬られてぇのか? 」
「出来るものならね」
「んだと? 」
「って、喧嘩してる場合じゃないでしょ二人ともっ!! 総司は挑発しないっ!! 土方さんも挑発に乗らないっ!! 『売られた喧嘩は無闇にかうな』っていうでしょ!? 」
「それお前が言うか? それにそんな格言知らねぇよ。俺は『売られた喧嘩は全部かう』って習ったからな」
「うわ嫌な答え来たなこれ!! 」
あんたどういう教育受けたんだよ。
親の顔が見てみたいわっ!!
「……どんどん話が脱線していますよ、お二人とも」
ーーーと、そこで、苦笑気味に口を開いたのは昨日やっと起き上がれるようになったハルだった。
それでも、まだ体調は万全ではないらしく、顔色はただでさえ白い肌が白を通り越して青くなっているほどに悪い。
もう少し療養することを勧めたのだが、事態の深刻さゆえ、彼自身がそれを拒否したのだった。
「ああ、そうだったね、小鳥遊君。話を戻そう。……今回の非常事態を受け、正規の要請があったわけではないが、我々でも調査をしてみようと思っている。『金毛九尾』ーーーとりあえず、仮定として奴をそう呼ぶがーーーが現れるのは夜。故に、我々も今日から夜の巡察を強化しようと考えている」
「っつーことだから……平助、総司、斎藤!! 」
「は、はいっ! 」
「何ですか、土方さん? 」
「……」
「お前ら今から巡察行ってこい」
「え? 今日は別の隊士の皆さんが行っていますけどで……」
「加えてお前らにも行ってこいって言ってんだよ。調査がてらにな。まぁ、初日で『金毛九尾』のやろーを見つけられるとは思っちゃいねぇ。それに、この面子ならもしもん時でもなんとかなるだろーが」
「もしもの、時? 」
首をかしげた平助君を、土方さんは急に改まったような、真剣な眼差しで見返す。
その視線は射抜くように総司たち三人を見据えていた。
「……もし、『金毛九尾』に出会ったとしても、一戦交えようとか思うんじゃねえぞ」
「え」
「え〜?どうしてですか、土方さん?僕としてはそんなに強いって噂の『金毛九尾』とは一回刀を交えたいと思うんですけど」
土方さんの言葉に、総司が、黒い笑みを返して言い返す。
が、土方さんはそんな総司をギロリと睨み付けた。
「馬鹿野郎っ!! 相手の戦力もわかってねぇのに戦ってもしものことがあったらどうする!? 今回の相手はテメーの希望でヤれる相手じゃねぇことくらいわかるだろうがっ!! 今回お前らを行かせるのは『金毛九尾』と戦うためじゃねぇ!! 偵察に行ってこいってんだよ!! 」
「でも土方さん、敵前逃亡は士道切腹じゃないですか」
「何も尻尾巻いて帰ってこいとは言ってねぇよ!! 今日はあくまで偵察。気配消して探れって言ってんだ。お前らの実力なら、鉢合わせしないように探れんだろ。もしそれでバレたときゃ仕方ねぇ、全力で捕縛してこい!! 」
「……いや土方さん、それ、偵察って言わなくない? 」
もう完全喧嘩売る気満々じゃん。
確かに、総司や一はさることながら、平助君も小柄な体躯に似合わず強い。
けど、相手は手練手練れの奉行所の武士を30人返り討ちにしている。
それこそもしも、ということがあるかもしれない。
「あの、土方さん」
「あ? なんだ、瑞希? 」
「私も総司たちに同行させてください」
ーーー私が知らないところで、そんなもしものことがあったら後で絶対後悔する。
だから……。
「ダメだ」
「即答!? 」
なんで!?
私だって、総司たちには少し劣るけど、戦力くらいには……。
「どうしてですか!! 私だって少しは戦力に……!! 」
「だからダメだって言ってん……」
「いいんじゃないですか? 」
「おい総司!? 」
ーーー思わぬところから出た助け舟……総司の発言に、土方さんは眉を吊り上げた。
「いいわけねぇだろ!! こいつは……!! 」
「瑞希君のことはちゃんと僕が守りますよ」
「は? 」
「え……? 」
総司?
今なんて……。
「瑞希君は僕がちゃんと守ってあげるよ。だから安心でしょ? 」
クスリ、と悪戯っぽい笑みでこちらをチラリと見やった総司はいつもより色っぽく見えて、思わずドキリと鼓動が跳ねる。
「ほら、僕、子守得意だし」
「ってそっちかいっ!! 」
なんだよ!
ちょっと嬉しいかなって思った乙女の純情返せ馬鹿総司っ!!
「なんだとも思ったの、瑞希君? 」
「う、うるさいっ!! 」
その勝ち誇った笑顔がなお憎いわっ!!
「それに土方さん言ったじゃないですか。今日はあくまで偵察だって」
「ぐっ……それは……」
「だから瑞希君を連れて行ってもいいですよね、土方さん★」
極め付けに、にっこりと腹黒笑顔を浮かべた総司に、土方さんは眉間にぐっとしわを寄せたーーーーーーーーーーーー。




