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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第十章 始まりの「分岐点」
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第113話 「好き」の魔法

「……」


ーーーなぜだ。


「……あ、あの、沖田さん?」

「……」


ーーーなんで!?


ーーーどうして沖田さん、さっきから不機嫌なんだ!?



さっき、私が泊まるのは沖田さんの部屋か、一の部屋かで、2日交代にすると決めたのだが。


その後からずっと沖田さんの機嫌が悪いのだ。


あれぇ!?


なんでぇ!?


沖田さんは私の声かけに応じないどころか、全身から不機嫌オーラを出していて、目を合わせようともしない。



そんな沖田さんの後ろ姿を見て、私は3ヶ月ほど前「あの出来事」が脳裏にちらついた。



ーーー強く掴まれた両の手首。


冷たく、それでいて苛烈な光を灯した瞳。



忘れもしない、沖田さんがおかしくなった、あの日の出来事を。



「っ……」


嫌だ。


あの時のような、心にぽっかりと穴があいたような思いはしたくない。


「沖田さん」


ーーーさっきまでとは違う雰囲気を察したのか、沖田さんの肩がほんの少しだけ震えた。


ーーー私は立ち上がり、こちらに背を向ける沖田さんの背後に立ち、そしてーーーーーーーーーーーー。


「沖田さんっ!!」

「!!??」


ーーーーーーーその背中にしがみついた。


突然の行動に、沖田さんの大きく見開かれた瞳がこちらを向く。


その瞳には驚きはあるにせよ、「あの時」のようなドロドロした暗い闇はない。


それに安堵を覚えたせいで口元が緩む自分自身の単純さに内心苦笑しながらフッと湧いてきた言葉を漏らす。


「……よかった」

「!!」

「沖田さん、やっとこっちを見てくれました」

「っ!!」


すがりついた手に力を込め、顔を俯ける。


「沖田さんの気持ちを害したのならば謝ります。私が何か気にくわないことをしたなら直します。だから、だからっ……」


ーーー沖田さんの顔を見るのが怖い。


もし、その目に拒絶があったら。


私には、なにが沖田さんを不機嫌にさせたのかがわからない。


そのわからないことが、自分でも無自覚のうちに沖田さんを怒らせたということが、たまらなく怖い。


知らずに相手を傷つけるなんて最低だと思うから。


「無視、しないでくださいっ……!!」


ーーーこのまま、なにもわからないままで、自分の過ちも知らないままで嫌われて終わるのだけは嫌だーーーーー!!


いつの間にか溢れ出たものが目から顎へと伝って袴の袖を濡らしていく。


その最初の一粒が落ちた瞬間、掴んだ沖田さんの背が震えたーーー気がした。



「瑞希ちゃん」

「う……」

「とりあえず、離して」

「っ!!」


ーーーやっぱり……。


嫌われちゃった……?


触れられたくないほどに……?


「う、ぅ……」

「!!違うよ、瑞希ちゃん。そうじゃない。そうじゃないから」

「え……?」


ーーー慌てたような沖田さんの声に、顔を上げると、焦った顔をした沖田さんと目があった。


「おき……た、さん?」


やんわりと私の手をほどに、体ごとこちらを振り返った沖田さんは、そっと私の顔に手を伸ばした。


「……ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ……」

「!!」


恐々と伸ばされた指が、私の瞳からこぼれ落ちる雫をゆっくりと払っていく。


「……僕はなにやってるんだろう……。……この前の時から、全然成長してない……。また、君を泣かせちゃった……」


後悔の滲んだ瞳が私を映す。


その目は、拒絶を恐れる……さっきの私の目と同じようだった。


「沖田さん」

「……?」

「……沖田さんは、怒ってたんじゃ、ないんですか……?」

「……違うよ。ただ、その……八つ当たり、だったんだ。自分への怒りを、瑞希ちゃんに当たってた」

「……よかった」

「え?」

「よかったですっ……!嫌われて、なかったんですね……っ!!」

「!!うん。嫌ってなんかないよ。それよりもむしろ……」

「むしろ……?」

「僕は、瑞希ちゃんのこと、好きだよ」


ーーーその一言に、ドキリと、心臓が跳ね上がった。


ーーーでも、それはほんの一瞬のこと。


それ以上に心を満たした心からの「嬉しさ」に、私は笑顔を浮かべて言ったーーーーーーーーーーーーー。



********************



【沖田総司】


ーーー僕は一体、なにをやっているんだか。


まるっきり3ヶ月前から成長していないじゃないか。


また、勝手な嫉妬で八つ当たりをした。


瑞希ちゃんが、五十音順とやらで部屋を決めたのはまだいい。


それより、一君のことを下の名前で呼んでいたのに、僕は嫉妬した。



ーーー瑞希ちゃんにとって、一君が特別になったんじゃないかと、そう思って……。



そもそも、部屋着目の仕方で、そんなんじゃないことはわかっていたはずなのに。


ほんと、ヤキがまわったなぁ、僕も。


「沖田さん」

「……?」

「……沖田さんは、怒ってたんじゃ、ないんですか……?」

「……違うよ。ただ、その……八つ当たり、だったんだ。自分への怒りを、瑞希ちゃんに当たってた」


ーーーそう。


これは完全に八つ当たりなんだ。


ーーーほんと、僕はなにも成長していない。


これじゃあ、瑞希ちゃんに嫌われても仕方ないなぁ……。


「……よかった」

「え?」


『よかった』?


「よかったですっ……!嫌われて、なかったんですね……っ!!」

「!!」


ーーー瑞希ちゃんは、僕を嫌わなかったの?


どうして。


どうして、そんな嬉しそうに……。


ーーー本当に、可愛い笑顔で……。



「うん。嫌ってなんかないよ。それよりもむしろ……」


僕は。


「むしろ……?」


この想いを告げたら、君はどう思う?



「僕は、瑞希ちゃんのこと、好きだよ」


ーーー瑞希ちゃんのこと、瞳が大きく見開かれて……。



「私も、好きです。みんな、好きです。沖田さんも、新選組の仲間みんなが、大好きですっ!!」


ーーーーーーーーああ。


やっぱり。


ーーー瑞希ちゃん。


僕が言ったのは、そういう好きじゃないんだけど……。


でもなぜだろうか?


この子の「好き」という言葉が、こんなに嬉しいと思ってしまうのは。


それが恋じゃないと、わかっているのに。


「……そっか」


ーーー今は、それでもいい。


「仲間」として。


それでもいい。


「それじゃあね、瑞希ちゃん」

「……?」


でもさ、これくらいはいいよね?


「総司」

「え?」

「僕のことも、名前で呼んで?」

「!!」

「敬語じゃなくて、いいから」

「わ、わかりました……じゃなくて、わかったよ、総司」

「うん♪」


ーーーそう、名前を呼ばれただけで、鼓動が速くなるなんて。


随分と僕も単純になったものだよ。



この子は、「恋」を知らない。


知らない子に、それを気づかないことを責めても仕方ないじゃないか。



この子が「恋」を知らないのならば。


僕が教えてあげるよ。


いつか、君の「好き」の、その中でも特別になれるようにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。



********************



【???】


「……」


沖田総司。


また、一歩、進んだのね。


ーーー私は、あなたが羨ましい。


そうして、まっすぐに好きな人を見据えられているあなたが。



「……立ち止まったままの私とは、大違いね」


ーーーそれでも、私は、自身の想いを捨てでも、彼に報いなければならないーーーーーーーーーーー。



第5章、『「許し」の意味』に挿絵を投稿しました!


晴明と瑞希のイラストです!

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