第107話 暗雲は月を覆い隠して
「はあっ、はあっ……」
ーーー私は荒い息を吐きながら目の前の地面に倒れ伏した血塗れのソレを見下ろした。
それらはすでに息はなく、ぬくもりももうない。
「はあっ、はあっ……っ……」
私が、殺した。
これで、3度目。
ーーーそれでも、私は。
「……戻りましょう、瑞希。……その、大丈……」
「大丈夫だよ、平助君」
私は平助君の言葉をかぶせるようにそう言う。
ーーーまるで、自分自身に言い聞かせるように。
「っ……」
平助君は何か言いたげに口を開きかけたが、しかし結局悲しそうに瞳を揺らすだけで、それ以上言葉を発することはなかった。
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私たちはそれから、無言のうちに新選組屯所へと戻ってきた。
ーーーどうして、こういう日に限って月が雲に覆われて隠れてしまうのだろう。
そう、ふと夜空を見上げながら、心の片隅で思う。
ガラッ
「ああ、おかえりなさい、二人と……って、!!だ、大丈夫かい!?そ、その血は……!!」
ーーー玄関口をちょうど通りかかった山南さんがこちらを振り返り、労いの言葉をかけかけ、私たちのひどい格好に目を見開いた。
ーーーこんな取り乱した山南さんなんて、珍しい。
内心、そんなことを考えながら、私は苦笑を見せて言った。
「……大丈夫ですよ、山南さん。これは返り血ですから。私も、平助君も、無傷です」
「!!それは……」
「ーーー瑞希」
「「!!」」
「土方君……」
ーーー突然の乱入者ーーーいや、私は半分予想していたがーーーの土方さんがそう、私の名をよんだ。
「……はい、なんですか、土方さん?」
「着替えてすぐに俺の部屋へ来い。平助は部屋へ戻ってろ」
「!!」
「わかりました」
「なっ、待ちたまえ、土方君っ!!彼らは……」
土方さんのある意味無情とも言える発言に、山南さんがいつも温和な声を珍しく荒げるが、その声はすぐさま土方さんの冷ややかな言葉に遮られた。
「そりゃあ知ってますよ、山南さん。そいつらの格好を見れば一目瞭然だ。それをわかった上で言ってるんですよ」
「なっ……!!」
「ーーーいいんです、山南さん。なんとなく、要件はわかってますし」
「瑞希君……」
土方さん以外の2人を安心させるように笑いかける。
……まったく。
ーーーこれじゃあ、二人が誤解しちゃうよ、土方さん。
ーーー土方さんはまだ、自身の「嘘」が、平助君と、そして何よりも、同じ副長である山南さんの心を傷つけていることを知らない。
これは、後で言わなくちゃダメかもね。
ーーーでもとにかく今は。
……私の返答に、土方さんは少し片眉をあげ、山南さんは苦しげに顔を伏せた。
「それじゃあ私、着替えてきますね」
そう一言断り、私は3人を玄関にのこして部屋へと向かった。
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【藤堂平助】
「山南さん、あんたはもう部屋に戻れ、平助、テメーもだ」
「……」
「……はい」
ーーー土方さんは瑞希が去った後、そう言い残し、部屋へと戻っていった。
「山南さん……」
対する山南さんは、土方さんの呼びかけには答えず、無言のまま、じっと顔を伏せていた。
ーーーけれど、袖口から覗く、ぎゅっと握りしめられた拳から、彼の心情がわかってしまった僕は、どう声をかけていいかわからず、立ち尽くすことしかできなかった。
「あの……」
「……私は部屋に戻るよ、平助君」
「!!」
ーーー顔を上げた山南さんはどこか虚ろな笑みを浮かべてそういった。
ーーー山南さんのこんな顔、初めて見た……。
「……君も、疲れているだろう?はやく休みなさい」
「……はい」
僕が頷くと、山南さんは少しだけホッとしたような笑みを浮かべ、踵を返して歩き去って行った。
僕に今の山南さんへかけられる言葉が見つからない言葉を悔しく思いながら、その後ろ姿を見送る。
「……。……瑞希」
ーーー僕が、人を斬らせてしまった。
それなのに。
さっきの彼の顔は、とてもまっすぐで……。
ーーー眩しかった。
「すごいですよ、あなたは」
瑞希はちゃんと前に進んでる。
けど、僕は。
「……っ……」
ーーーさっき、人を斬った感触が、まだ腕に残っている。
初めてなわけではないのに。
僕はいつまでも、立ち止まったまま。
「……いつまでたっても、慣れない……」
ーーー僕も、瑞希のように、いつかは前に進めるでしょうか?
ーーー震えの残る右腕を左手で握りしめながら、そう、強く思った。
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【山南敬介】
「……」
ーーー私は、一体何のためにここにいるのだろう?
ーーー同じ副長だというのに、私と土方君では、何もかもが違う。
ーーーどうして君は、瑞希君に、あんなーーーーーー。
ーーー土方君の言葉に、何も言い返すことができなかった私に、存在価値など、あるのだろうか?
「私は……」
ーーーーーーー私は、一体、何をしているのだろうか?




