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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第十章 始まりの「分岐点」
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第105話 地獄に仏

「っ、山南さんっ、は、入りますっ!!!!」


ーーー私は沖田さんと別れた場所からしばらくしたところにある山南さんの部屋(目的地)まで来ると、そう叫び、返事も待たずに襖を開けて部屋へと飛び込んだ。


「!?み、瑞希君!?」


入室とともに崩れ落ちた私の元へ、唖然とした表情で出迎えた山南さんは慌てて駆け寄ってきて目を丸くした。


「とうしたんだい、いったい!?」

「……はぁっ、はあっ、す、すみません、へ、返事も待たずに、入ってしまって……」

「いや、それは全く構わないのだけれど……大丈夫かい、瑞希君?」

「は、はい……」


何度か深呼吸を繰り返して息を整える。


なんとか一息ついて落ち着いた私を見て、山南さんはホッとした表情を浮かべた。


「……本当にら驚いたよ。血相を変えて部屋に飛び込んできたから……」

「す、すみません……」

「それで、いったいなにがあったんだい?そういえば、さっきからなにやら外が騒がしかったが……?」

「そ、それが……」


ーーー不思議そうに首をかしげた山南さんに今までのことを話すと、納得がいった、という風に頷き、穏やかな微笑みを浮かべた。


「なるほど。それで私のところへ逃げてきたんだね?」

「はい……。本当にすみませんでした……」

「いや、いいんだよ、瑞希君。ははっ、土方君も大変だなぁ」


にっこりと微笑み、そう言ってくれる山南さん。


土方さんが鬼なら、この人は仏だと思う。


「ん?あれ……?」


ふと、見上げた山南さんの顔に違和感を覚え、私は首をかしげた。


「なんか、いつもと違うような……?」

「ん?……ああ、ひょっとしてこれじゃないかな?」


私の疑問を察した山南さんは、そう言ってかけていた眼鏡(・・)を指でつついて見せた。


「ああっ!!そうです!!それですよ!!……って、あれ?山南さん、いつもはそれ、してなかったですよね?」


ーーー眼鏡をかけた山南さんはいつもの通り、イケメンで優しそうだが、それにプラスして知的な印象が深まっている。


「目、悪かったんですか?」

「……まぁ、少しね。普段は支障はないんだが、書を読むときはこの方が見やすいんだよ」

「そうだったんですか」


ふーむ、知らなかった。


それにしても……。


ーーー眼鏡をかけた山南さん、か。


ーーーなんか、萌えるかもしれない。


ーーーいや、別に、私は眼鏡萌なわけじゃないよ?


ーーーそれにしても……。


「やっぱり……」

「ん?」

「……やっぱり山南さんの側は落ち着きます」


ーーー私の呟きに、山南さんは瞳を驚いたように見開かせ、が、なぜかその瞳が一瞬、悲しげに揺れる。


「山南さん……?」


ーーーなんか、元気ない……?


「なにか、あったんですか、山南さん?」

「え……?」

「その、なんか元気ないような気がして……」

「!!」


ーーー眼鏡の奥の瞳が僅かに、動揺で揺れた。


「……何でもないよ」

「っ……」


ーーー嘘。


何でもない、なんて顔、してないよ、山南さん……。


どうしても言ってくれないって言うのなら……。


「……私はここにいないです」

「え?」

「私は、ここにはいません。だから、山南さんがどんな独り言を(・・・・・・・)言おうと(・・・・)、誰も聞いていません」

「!!……君は……」


山南さんは目を瞬かせた後、クスリと微笑み、眼鏡の奥の瞳を細めた。


「……少し、不安になったんだよ。……私は、なにをやっているのだろう、と」

「……!!」

「……昨日、巡察中、ある少年に言われた。『人殺し!』……とね。その少年は私が先日斬った浪士の子供だった。斬った理由は、そのとき起こった揉め事でね。……あの少年の言葉を聞いたとき、私は一体なにをやっているのだろう、そう思った。……一体、何のために……。……私は……人を殺めるためにここへ来たわけではない……」


そう、つぶやくような独り言(・・・)を言った山南さんの目は、どこか遠くを見ているようだった。


ーーーああ、この人は……。


仏、という言葉が表す通りの人なんだ。


だからこそ、自分の行いに疑問を持った……。


「……これは、私の独り言ですけど……」

「……」

「……山南さんがやっいることは、ちゃんと未来につながってる。誰も人を斬らなくていい、誰もが笑って暮らせる平和な未来へ」

「!!」


ーーー私がいた時代は、平和だ。


そこに至るまでに、人はいくつもの犠牲を払い、多くの血を流した。


けれど。


「今」があるからこそ、「未来」は生まれる。


平穏な「未来」が。


だから、「今」やっていることは絶対に無駄なんかじゃない。


私はそう、信じている。


「……君は」

「はい……?」

「……まるで、これからの未来を見てきたかのようなことを言うんだね」

「へっ!?」


う、うわっ!?


ひょっとして、未来から来たことがばれたか!?


いやいやいや!!


「ま、まさか!!冗談はよしてくださいよ山南さん!!さっきのは、その……そ、そうなったらいいなっ、て、その……」

「瑞希君が、信じている未来、だろう?」

「!!山南さん……」


ーーーこちらを優しく見つめる山南さんの瞳からは、さっきまでの迷うような、危うい影は消えていた。


「君の信じる未来……私も、信じてみたくなったよ。ありがとう、瑞希君」

「山南さん……」


ーーーやっぱり、この人は仏だ。


そして、きっと。


すごくまっすぐな人だ……。


「……さて、と。そろそろ土方君も落ち着いたのではないかな?」

「あ!そうだった!!」


そういえば、さっきまで土方さんとリアル鬼ごっこしてたと忘れてた!!


「沖田さん、無事逃げ切れたかなぁ……?」

「ははは。彼なら大丈夫だろう」

「でしょうねー。あの人、殺しても死ななそうだし」

「言い得て妙、だね」

「ですね!って、ああっ!!」


ーーーと、そこで、私は重大な事実……もとい、右手にいつのまにかもっていたあるもの(・・・・)に今更ながら気づき、大声をあげた。


「どうかしたのかい、瑞希君?」

「……持って来ちゃった……」

「???」


右手に持つそれ……「豊玉発句集」を山南さんの目の前へと差し出すと、彼は不思議そうに首をかしげた。


「これは?」

「え……っと、その……ひ、土方さんのものなんですけど……」

「ああ、もしかして、さっき彼の部屋へ入った時、持って来てしまったのかい?」

「……はい……。……どうしよう。これ持って土方さんのところ行ったら殺される……」


死刑執行確実だ。


そしてその場合沖田さんのことを頼ることもできないだろう。


「ガンバレ」もかいって本当に楽しそうな腹黒笑顔を浮かべるであろうことが予想に硬くない。


ーーーそれどころかもう目に浮かんでるよ。


ああ、今すぐ殴りたい。


「仕方ないね。それじらあ私も一緒に行って二人で謝ろうか」

「えっ!?」

「そうしたら、彼もそこまで君を強く叱らないんじゃないかな?」


そんな突飛な提案に、驚いて顔を上げると、いたずらっぽい笑みの山南さんと目があった。


「いいんですか?」

「ああ、もちろん。……さっきのお礼も兼ねて、ね」

「あ……」


ーーーさっきのお礼って……。


「さぁ、行こう?余り遅くなると私ですら手に負えないほど土方君が鬼になってしまうから」

「あ、はい!!ありがとうございます、山南さんっ!!」


地獄に仏とはまさにこのことか。


結果、山南さんの取りなしのおかげで私は無事、土鬼(ひじおに)さんの元から生還することができたのだった。


ーーー追伸。


近藤さんの部屋へ逃げ込んだ沖田さんは無事、土方さんの魔の手から逃げられたそうだが、そのせいで怒りMAXの土方さんに、鬼ごっこへ巻き込まれ形となった原田さんはかなーり八つ当たりされたそうな。


あはれ、原田さん。


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