第104話 生死をかけた鬼ごっこ
「土方さーん。入りますよー」
巡察の報告をするため、そう声をかけながら副長室に入ると、そこには部屋主の姿はなく、かわりに驚いた顔でこちらを振り返る沖田さんがいた。
「……沖田さん?なにやってるんですか?」
「共犯者確保♪」
「はい?」
実にイヤーな予感のする、まるで新しいイタズラを思いついた子供のような小悪魔的笑みを浮かべた沖田さんに、そんな言葉とともにがっちりと腕を掴まれ、部屋へと連れ込まれる。
状況が呑み込めず、唖然としている間に、背後の襖が後手に閉じられ、あれよあれよと言う間に退路を断たれてしまった。
「ちょっ、何やってるんですか、沖田さん!?」
「そりゃあもちろん、土方さんの部屋の家探しだよ★」
「や、家探し!?ま、まずいですよ沖田さんっ!!バレたらどうするんですか!!っというか、いい笑顔で凄いこというなぁあんた!!」
ーーーそんなことしているのがばれたら、雷を落とされるだけじゃ済まされないっ!!
「大丈夫大丈夫。バレなきゃいいんだから」
「いやいやいや」
そういう問題じゃない。
そんな、何どこぞの悪徳業者みたいなことを言ってるんだ。
「というか、君、この状況で、逃げられるとでも思ってるの?」
「は?」
「よく考えてみなよ。いま、荒らされた部屋に、僕と君がいる。で、そこに土方さんが帰ってきたとしよう。果たして土方さんは君を見逃すかなぁ?」
「ええっ!?でも私は何もやってな……」
「でもそれ、土方さんが信じてくれると思う?」
「っ!!は、謀りましたねっ!?」
「だから最初に言ったじゃん。『共犯者確保』って」
ーーーあああああっ!!
あれはそういう意味だったのか!!
「くっ……この腹黒野郎が……っ!!」
「……聞こえてるよ、瑞希君?」
ぞわり、と、沖田さんの背後からドス黒い気配が覗く。
私はブルリと肩を震わせ、愛想笑いを返した。
「ま、土方さんは当分帰ってこないはずだから大丈夫さ♪……さーてと、何を探そうかなぁ♪」
「……沖田さんは一体どんなのを期待してるんですか?」
「んーーー?面白ければ何でもいいよ★」
「……」
ーーー土方さん、いとあはれ。
私が遠い目で土方さんに憐れみの視線を送っている間にも、沖田さんは嬉々とした様子で土方さんの机の引き出しからどんどんものを引っ張り出していく。
ーーーこの人、ぽんぽんもの出してるけど、散らかしたもの、片付ける気はあるのだろうか。
「うーん。土方さん宛の恋文はさっき腐るほど見たし……あ、そうだ!!あれを探そう!!」
「あれ……?」
ーーー「あれ」ってなんだ?
「あれって言ったらあれだよ。瑞希ちゃんも知ってるあれ。……お!あった!!これだこれ!うわぁ、前より増えてるーーー!!」
そう言って沖田さんが一番下の引き出しから取り出したのは一冊の本のようなものだった。
「……これは……?……『豊玉発句集』……って、これは!!」
ーーーかの有名な、土方歳三の残念俳句集!!
うそ、本物!?
「ぷはっ!!!これ見てみなよ、瑞希ちゃん!!『さしむかう 心は清き 水鏡』って!!はははははっ!!ひ、土方さんが!!『心は清き』ってははははははっ!!似合わないっ!!」
「ちょっ、笑いすぎてすよ沖田さ……ぶはっ!?」
腹を抱えて笑い転げた沖田さんをいさめようとしたとたん、目に飛び込んできたとある一句に私は思わず吹き出した。
「『春の草 五色までは 覚えけり』って……ぷっ!!」
ーーー5個まで覚えたんだ!?
それで諦めたの!?
あと2個なのに!?
「はははっ!!これなんて最高だよ!『しれば迷い しらねば迷ふ 法の道』って!!結局どっちでも迷ってんじゃん!!」
「ぶっ!?そ、それ言ったらおしまいですって沖田さん!!」
ーーーさっすが「あんまりうまくなかった」って言われるだけのことがあるよ、これは。
めちゃくちゃストレートに、素直にかいてるけど、そのせいでそのまんま!!
本人は全然素直じゃないくせに、なんで俳句だけこんだけ素直なんだ!
「あ、これも面白いよ!『人の世の』……」
「ーーーお前ら、ここで何をしていやがる」
「「っ!?」」
ーーー突如背後から聞こえた、地を這うような声に、私たちはピシリと動きを止めた、
……い、今の声は……。
カクカクと壊れた人形のような動きで振り返ると、そこには今まで見たことがないほど眉間にしわを寄せ、殺気に近い怒気を放つ大魔王様がいた。
「あ、ああ……」
「……おい、答えろ。お前ら、ここで何をしている!?」
「ひっ!!」
ひたり、と、大魔王様がこちらへ一歩足を踏み出す。
大魔王様は私たちの手の中にある「豊玉発句集」に目を留め、さらに視線を鋭くしてこちらを睨みつけてきた。
「……瑞希君」
「……お、沖田さん……?」
「……行くよっ!!!!」
「え!?」
ぐんっ、と、腕を強くひかれたかと思うと、沖田さんはあろうことか、目の前の土方さんを文字通り突き飛ばし、硬直状態の私の腕を引いて飛び出した。
「あっ、おいっ、テメェッ!!!!待てっ!!」
後ろから凄まじい怒号とともに、ダダダダダッと、慌ただしい足音が聞こえてくる。
「う、うわぁっ!!お、沖田さんっ!!後ろからっ!!鬼、鬼があっ!!!!!」
「うわぁ。ほんと鬼だ。捕まったら多分僕たち死ぬね。なんとか逃げ切るよ、瑞希ちゃん!!」
「は、はいっ!!」
私だって、まだ死にたくない!
その一心の元、私たちは鬼の形相で追いかけてくる土方さんから全速力で逃げ出した。
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「ま〜ち〜や〜が〜れぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいませんよっ土方さんっ!!」
「んだとゴラァッ!?」
「うわぁーーーーー!!沖田さんっ!!火に油を注がないでくださいよぉおおおおおお!!」
鬼が!!
来るぅうううううううううう!!!!
道行く隊士たちは、全速力で逃げ回る私たちを見て目を丸くし、その後ろを追う般若を見てギョッとした顔をして道を開けていく。
「……くっ……ああもう、しつこいなぁっ!!」
「はぁ、はぁっ……し、死ぬ……」
「……ったく、これじゃあらちがあかない。仕方ないな。二手に分かれよう、瑞希ちゃん!!」
「ふ、二手……!?でも、そのあとどうしたらっ!?」
「二手に分かれて、僕は近藤さんの部屋にいくから、瑞希ちゃんは山南さんの部屋に行って!!そしたらさすがの土方さんも怒鳴り込んではこないはずっ!!」
「っ、わかりましたっ!!」
「よしっ!!それじゃあ……あ、ちょうどいいところに!!」
ふと、沖田さんは前方に現れた人影に目を留め、ニヤリとほくそ笑んだ。
ーーーその人影……原田さんは人をはねのけるようにして走ってくる私たちを唖然とした表情で迎えた。
「……二人とも……?いったいなに……」
「左之、先に謝っとくよ!」
「え」
沖田さんはそんな一言とともに急ブレーキをかけると、その勢いのままに原田さんを後方へと突き飛ばした。
「!?!?!?」
「うおっ!?」
ーーーいきなり突撃してきた原田さんを避けきれず、土方さんたちは折り重なるように倒れていく。
そんな二人を見て、沖田さんは清々しい笑みを浮かべていった。
「よしっ!!今のうちに逃げるよっ!!」
「は、はい!!」
うわぁこの人ほんとにやった!
原田さんかわいそう!
だけどごめんっ!!
ーーー私だって自分の身は可愛いんだ!!
走りながら巻き込まれた原田さんに手を合わせつつ、私と沖田さんはそれぞれ分かれて目的の部屋へと足をはやめた。




