第102話 作戦会議、またの名を秘密会議(笑)
【桜庭瑞希】
暦の月が変わり、10月になった。
記念すべき第1日目のその日の朝、私は沖田さんに呼び出され、彼の部屋へとやってきた。
「……失礼します。沖田さん、瑞希です」
「入って」
許可を取り、中に入ると、そこには沖田さんの他に、純白の髪の美少年……こと晴明君もいた。
「あれ、晴明君?」
「おはようございます、瑞希さん」
「ああ、うん、おはよう……って、沖田さん、なんで晴明君まで集まってるんですか?」
「そりゃあ、僕が呼んだからに決まってるでしょ」
「いやまぁそうでしょうけども!!これ、なんの集まりなんですか?」
「……もしかしてとは思ってたけど、やっぱり忘れてたんだね」
「忘れてた???」
一体何を。
わかんないぞ?
ああ、わかんないから忘れてるって言われるのか。
「8月の事件の時、言ったでしょ。これからは月の初めにその月に何が起こるのか君から聞いて、作戦会議しようって」
「……そんなこと、言ってましたっけ?」
「言ってた!!」
「すみません。全く記憶にございません」
一昔前の政治家みたいなことを言うと、沖田さんが哀れみの視線をこちらに向けた。
……って、おい、コラ。
「あきれた。君の記憶力は鶏以下だね」
「ぐっ。で、でも沖田さん、今、10月ですよね?9月はそんな会議してないじゃないですか!!」
「……」
スッと、視線をそらす沖田さん。
ーーーこの反応、本人も忘れてやがったな?
「ほーら、沖田さんだって忘れてたじゃないですかっ!!」
「……このあいだ君が昼の巡察サボったこと土方さんに言うよ」
「やめてくださいごめんなさいまじで申し訳ありませんでした言わないでくださいお願いします」
「……ふん」
土方さんの怒り、雷の如し。
いやはや、上司のパワハラはいつの時代でも厳しいよ。
「……戯れもそこまでにして。本題に入りましょう、二人とも」
タイミングを見計らったかのような晴明君のとりなしが入り、沖田さんもそれに従って氷の微笑を引っ込めてくれる。
さすが晴明君。
君はいつでも私の癒しだよ。
「さて、と。それで、瑞希さん、今月は何か重大な事件は起こるのでしょうか?」
桔梗色の瞳をこちらに向けた晴明君が、小首を傾げ、単刀直入にそう聞いてくる。
ーーーこの時代に彼と共にやってきて約半年。
その間に私の髪はかつてないほどロングになっているのだが、同じ日数経ったはずの晴明君の真っ白な髪は、相変わらず肩で切りそろえられた長さのままで、今も首を傾けたことでさらりと重力に従って流れている。
そのことは少々疑問ではあるが、さすがに今ここで口にするのは場違いであるし、その後が怖い。
主に沖田さんの、が。
「今月……10月だよねぇ……なんかあったっけ……?」
ーーーうーん?
あったかなぁ……?
「……さっきの言葉、訂正するよ、瑞希ちゃん」
「へ?」
「君の頭は鶏以下じゃない。ゴミ屑以下だ」
「せめて生き物にとどまってくださいよっ!!」
「……生き物ならいいんですか……」
沖田さんの冷ややかな毒舌、私の抗議の声、晴明君の困ったような言葉が重なる。
「まぁとにかくっ!!多分ですけど、そんな有名な事件はないはずです!」
「本当に?」
「……私だって、全部が全部、覚えてるわけじゃないですし、私の知っている範囲ではないと思うんです。もちろん、歴史的にあんまり有名じゃない事件とかまでは知らないので、全く起こらない保証もないですけど。でも、少なくとも『大阪力士乱闘事件』とか、『八月十八日の政変』みたいな有名な事件は起こらないと思います」
「それ、信じていいわけ?」
「はい!!」
多分ね!!
「……物凄く不安なんだけど。どう思う、晴明君?」
「僕……ですか?はぁ……どうなんでしょう?」
「いや、それを今僕が聞いてるんだけど」
「ま、細かいことは気にしちゃダメですよ、沖田さん!」
「それ、君が言うことじゃないよねぇ……ああ、ダメだこりゃ」
物事は成るように成るですよ沖田さん。
それよりも……。
「ああそうそう!!そんなことより、このあいだ出来たばかりの甘味処があるんですよ!!今から三人で行きませんか!?」
「……って聞いてないし。……まぁいいか。そうだね。どうせ今日は巡察もないし、行こうか」
「やった!!晴明君はどうかな!?」
「そうですね……気温もだいぶ涼しくなってきましたし、僕もお伴します♪」
「本当!?わーい、久しぶりの甘味だぁ♪」
ーーーかくして、グダクダの作戦会議はなんのせいかもないままに終結するのだった……。
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【???】
ーーー桜庭瑞希は、「あの事件」がもうすぐ起ころうとしていることに気がついていないーーーーー?
ーーーそれは、まずいわ。
このままでは、歴史の改変ができない。
ーーーなんとか、気づかせないと……。
ーーーどうやって……?
……彼女に近づけば、晴明に気づかれる。
今、彼と会うわけにはいかないわ。
なら、どうするーーーーー?
ーーー今まで観察してきたことから、桜庭瑞希と晴明の正体を知っているのはただ一人。
ーーー沖田総司。
ーーー「あの事件」を桜庭瑞希に気付かせるには、彼と接触するしか方法はない。
「……沖田総司、か」
彼もまた、「あの人」の運命に、深く関わっている人物。
私は何度も、それを見てきた。
ーーー「あの人」の絶望も。
ーーー沖田総司の悲しみも。
あの瞬間の後、私は何度も過去へと飛んだ。
ーーー沖田総司。
あなたは私と同じ。
決して叶うことのない「想い」を持つ人間。
彼と会ったのは、ずっとずっと昔。
もう、何年もの間、側にいた。
ーーー沖田総司。
悪いけれど、あなたには私の駒になってもらう。
そうするしか、あの「悲劇の連鎖」は終わらない。
ーーーはやく、終わらせましょう。
ーーーーーーーーーー「時回りの木」が限界を超える前に。




