第七十六話 陸軍情報部にて
優君が舞ちゃんとほのぼのとしたお買い物を楽しんでいたその頃、東京では幾つかの機関が修羅場を迎えていた。
「ダンジョンから出た形跡は無いんだよな?」
「ああ、ギルドからの報告ではダンジョンから出た獣人は目撃されていないそうだ。獣人なんて目立つ存在、近くを通ったら見逃す筈はないからな」
ダンジョンを管理するギルドの上位組織、日本帝国陸軍は宮中や総理府、各省庁からの問い合わせに目の回るような忙しさとなっていた。
新たな獣人の報告を受けていない、狐獣人という新発見の獣人の情報を何故秘匿したのか。問い合わせという形をとった批難が陸軍に舞い込む。
陸軍としても彼女を確認したのは一度きり。しかもすぐに逃げられて、外見とオークを屠り続ける強さ以外の情報を持ち合わせていないのだ。
その後の捜索も空振りに終わり、報告出来るような情報が集まっていないというのが陸軍側のスタンスだった。
しかし、その狐獣人がダンジョンで民間人と接触し、SNSにて拡散されてしまった。その存在すら知らなかった各機関は問い合わせがあっても答える事など出来ず、せめてその存在だけでも知らせておいて欲しかったと陸軍に愚痴を言うしか出来なかった。
「中佐、外務から詳細を求める問い合わせが・・・」
「調査中につき、調査し次第返答すると伝えろ」
外務省はアメリカ合衆国・欧州連合・中華帝国等の各国からの問い合わせが集中していて、少しでも情報を得ようと頻りに陸軍へ連絡してきていた。
「他国の反応が半端ないですな。やはり狐獣人は他国でも初めて確認された存在なのでしょう」
「ただ新たな獣人が生まれただけにしては過敏な反応だ。特殊能力の有無が気になるのだろう」
獣人はその種族により能力の方向性が違う。熊系ならば怪力と豊富な体力、猫系ならば高い跳躍力に俊敏さ、兎系ならば俊敏さに高い察知能力。
初お目見えとなる狐系獣人はどのような特色を持つのか。そして、どれだけダンジョン攻略に貢献出来るのか。ゴーレムを素手で倒せる実力が確実と広まっている為、その期待はかなり高くなっている。
「しかし問題は、彼女がいつ何処で登録をしたかだ」
「今年と去年の登録内容を確認しましたが、狐獣人となるスキルの登録はありませんでした。まあ、そんな登録がされていたらその段階で報告が来ている筈ですがね」
国内での登録がされていなかった。これは彼女が国外から密入国した外国籍の人間か、登録せずにスキルを得たかという二択だと示している。
「まさか登録されて報告が上がらなかった、なんてオチじゃないだろうな」
「それは無いと思いますが、念の為一昨年より前の登録も確認していきます」
そう言ってモニターに向き合う情報士官。果たして彼は本日中に帰宅する事が出来るのだろうか。罪のない名もなき情報士官に残業させる優君の罪は重い。
「埼玉の田舎ダンジョンの次は帝都のダンジョンか。首都圏に拠点があるのか?しかし目撃例がダンジョン内だけというのは不自然だ・・・」
「中佐、考え込んでないで電話対応お願いします!」
部下である尉官に怒鳴られ、手近にある電話の受話器を取る中佐。厳しい筈の上下関係すら崩れかけている。
「お待たせしました・・・はい、新たな情報は届いていません・・・はっ、届き次第お知らせを」
言葉だけは丁寧に対応し、受話器を置く中佐。しかし間髪入れずに着信音が鳴り響く。再び受話器を取った中佐は、先程とほぼ同じやり取りを繰り返して受話器を置いた。
「中佐、これ、いつまで続くんですかね?」
「さあ?狐の獣人さんにでも聞いてくれ」
永遠に続くかと思われた着信音地獄は、キレた中佐が電話線を全て引っこ抜くまで続くのであった。




