第七百三十三話
小児科の専門医を紹介された渋沢子爵。今度は前回のような事は無いだろうと思いつつ念のため娘に入院させず検査にも立ち会う事にした。
医師は前の病院での検査結果を見た後問診を行い、検査の指示を出した。子爵と令嬢は採血を行う処置室に移動したのだが、年配の看護師がやらかした。
子爵はベテラン看護師ならば下手を打つ事は無いだろうと思っていたのだが、看護師は中々血管を浮かせる事が出来ない。
少ししてアルコールで消毒し採血用の器具に繋がっている針を刺したのだが、血液は上がってこなかった。血管に刺さっていなかったのだ。
焦った看護師は針が抜けない範囲で針を前後に動かし血管を探すという暴挙に出た。子爵はすぐに止めようと思ったが、下手に声をかけて手元が狂ったらとんでもない事態になるかもしれない。
結局血は上がらず、看護師は諦めて針を抜いた。そして悪びれず右腕から採血しようとしたのだが、流石に怖がった令嬢が泣き出した。
子爵は看護師を怒鳴りつけ、医師に文句を言い診察はキャンセルだと告げて帰った。当然、医師会にもこんな病院を紹介した苦情を入れたのは言うまでもない。
そして屋敷に帰った令嬢は両親にもう検査なんか嫌だと泣きついて今に至る。大人でも嫌になるだろう体験を幼児がしたのだ。そうなるのも当然だ。
因みに、一箇所目の主任医師は二人とも医師が居なかった離島に転勤となり、二箇所目の看護師はクビになったらしい。
「注射の技術はピンキリだけど、酷い看護師に当たっちゃったわねぇ」
「これは医師嫌いになるのも無理ないな。医師会は袖の下の額で紹介する病院を決めたのか?」
父さんが洒落にならない発言を推測でしているが、紹介する病院を腕前で選んだとは到底思えない。そう勘ぐられても当然と言える愚行を行ったのだ。
「お兄ちゃん、お父さんなら大丈夫だよね。何とかならないの?」
「あれだけ話題になったんだ、渋沢子爵も父さんの事は知っていると思う。なのに依頼が来ていないという事は、医師というだけで令嬢が拒否反応を示しているのだろうな」
「しかし面識もない渋沢子爵にこちらから診察を申し込むという訳にもいかない。陸軍を通じて診察を打診しても断られそうだしな」
令嬢だけでなく渋沢子爵も医師に対する不信を募らせているだろう事は想像に難くない。なので医師と言うだけで拒否される可能性は高そうだ。
「舞、頼みがある。黒田侯爵令嬢に一つお願いをしてほしいんだ」
「お兄ちゃんの頼みなら何でもやるよ。何をお願いすればいいの?」
「黒田侯爵家の依り子である渋沢子爵家に玉藻が訪問したいと言っている。訪問の段取りをつけてほしいと頼んでくれないか?」
父さんが医師として会うのは難しいだろう。ならば狐巫女が訪問し、その父親が同行するというのなら拒否されないのではなかろうか。
神使として威張るつもりはないけれど、幼子を救う為なら利用しよう。権力は使いようだよね。




