第六百八十一話 とある英国大使館にて
少し長くなりました。
ここは帝都に設置された大英帝国大使館。そこの大使執務室では、最近本国から派遣されこの施設の主となった大使が部下から報告を受けていた。
「ターゲットが乗った車は横田基地に入り、現在まで基地から出る姿を確認されておりません」
「という事は、まだ基地内に留まっているのだな?」
「それは不明です。基地は複数の車両が出入りしておりますし、数機の航空機が離陸した事も確認されています」
どうやら英国大使館は滝本中尉をつけていたマスコミから情報を仕入れているようだ。手の者を紛れ込ませているのか単に情報を買っているだけなのかは不明だが、陸軍にバレにくい上手い手法である。
「これ以上の追跡は不可能か。まあ仕方ないな」
「彼が乗ってきた車が市ヶ谷に戻った事は確認されています。また、その車には運転手以外乗っていなかった事も報告が入っています」
その報告により滝本中尉が情報部に戻っていない事だけは判明した。しかし、中尉に接触する事が目的である大使には然程重要な要素ではなかった。
「ふむ、私が滝本中尉に拘るのが不満そうだね。構わないから思う所を言いなさい」
「あっ、そんな事は・・・では述べさせていただきます」
滝本中尉に関する報告を聞いている際、扉の横に立っている護衛の武官の一人が僅かに表情を歪めたのを大使は見逃さなかったのだった。
「確かに彼のスキルは有用だと思います。単独で二十階層に設置したベースキャンプを守る手腕も称賛されるべきでしょう。しかし、我々英国陸軍にもそれを成せる人材はおります。そこまで拘る必要は無いのでは?」
「確かに、武力という点を見れば君の意見は正しい。しかし、その意見を採点するならば二十点だな。君はこのような場に相応しくないようだ」
意見を肯定された後にほぼ否定された武官は、不満を顕にした表情で納得行かないという意思を表明した。
「我らが欲しているのは、彼の人脈なのだよ。彼の父親は優秀な医師であり、妹はアナスタシア皇女殿下に最も近しい友人だ」
「人脈・・・それは全く考えていませんでした」
滝本中尉の事をダンジョン攻略用の戦力としてしか見ていなかった武官は、大使が別の価値から欲していると知り驚いた。
「近く、欧州はモンスターの脅威を完全に払う事に成功する。となると、各国は地上のモンスターに宛てていた戦力をどこに振り向けるかな?」
「モンスターの元凶であるダンジョンと・・・野良モンスターの元である東方、ロシア・・・あっ!」
「そう、ロシア帝国への派兵だ。欧州が連合を組んで東方に派兵する時、主導するのは我が国でなければならない。その時、ロシア帝国皇帝陛下と皇女殿下が親しい滝本中尉が我が国の軍に居れば優位に立てる」
英国の狙いは、近い将来行われるであろう東方派兵の際にロシア帝国皇帝家からの委任を受ける事だった。遠征の主軸となる事で戦後の利権を主張する根拠にする為だった。
「皇帝陛下と皇女殿下を我が国にお迎えすべしと主張する者もいるがな、本人達にその気がない上に国王陛下との兼ね合いもあるのでな」
国王陛下と皇帝陛下では皇帝陛下の方が身分が上となる。大英帝国にニコライ皇帝陛下が移住した場合、扱いに困る事態になってしまうのだ。
「だから現状のままで滝本中尉を抱き込むのが最善なのだよ」
ダンジョンに入っている間に熱りが冷めているだろうと高を括った関中佐と滝本中尉。しかし英国大使の魔の手は緩む気配が無いのであった。




