第六百七十七話
狸な英国大使との面会も終わり、会話の内容を録音したデータを関中佐に引き渡した。後に言った・言わないで揉める事のないよう録音しておくのは基本である。英国側も録音していただろう。
戦術の授業を受けていると、放送で応接室に来るよう呼び出しがかかった。来賓が来る予定など聞いていないし、そもそも一介の中尉に会いに来るような物好きは居ない。
「失礼します。滝本優中尉、参りました」
「初めまして中尉、私は英国から来たシーダー・マウンテンです」
「よろしくお願いします、大使殿」
応接室で俺を待っていたのは、先日玉藻として顔を合わせた英国大使だった。滝本優としては初対面なので、初対面としての挨拶を交わし握手する。
「最高到達階層を更新したパーティーの一員である中尉にお会いしたくて陸軍さんに無理を言いました。あっ、かけて下さい」
大使の後ろに立つ二人の武官に反応が無いのを確認して大使の対面に座る。見覚えのあるメイドさんが紅茶を淹れてくれた。恐らく大使館から同行させてきたのだろう。
「あまり時間をかけるつもりはないので単刀直入に聞きます。中尉、英国でその実力を振るってもらえませんか?」
「それは私に英国に移住しろと言う事ですか?」
「それが理想ですが、日本陸軍から英国陸軍に出向という形でも構いませんよ」
以前も英国に誘われたが、あの時とは違う意味なようでその点は安心か。そう言えば今回大使についている武官は違う人だが、新しい人に入れ替わったのだろうか。
「私は学生であると同時に軍人です。上層部の判断に従って動くのみです」
「それはそうなのですが、命令以前に中尉個人の意思を確認したいのですよ。命令だからと意に沿わぬ行動をさせられるのは士気が落ちますからね」
大使は一見、俺の意思を尊重するという言動をとっている。しかし、笑顔の裏で別の目的を持っている狸だと言う事を俺は知っている。
「まだ士官学校にて学ぶ事もあります。長く本国を離れる任務は辞退したい所ですね」
「実績がある中尉は学校で学ぶよりも実践を積む方が力を伸ばせると思いますよ。我が国のみならず、欧州を見て回る事で知見を広めてみては如何かな?」
尚も勧誘してくる大使。そう言えば、玉藻と俺を英国に派遣させる為に陸軍を説き伏せると言っていたな。
恐らく俺が英国に行く意思があると陸軍に対する説得の材料にしたいのだろう。しかし、俺がその意思を見せなければ逆効果になるのだが。
「現状の日本陸軍が中尉の実力を十全に発揮出来ているとは到底思えないのです。どうですか、我が国に来ていただけるなら佐官としてお迎えいたしますよ?」
「それは随分と張り込んだ物ですね。しかし、大使が陸軍の人事に口を出して大丈夫なのですか?」
外務省に属する大使館と陸軍では管轄が違う。いくら大使とはいえ、陸軍に口を出してそのまま通るとは思えない。最悪、反故にされる可能性もあるのだ。到底受ける気にはならないな。




