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三つ巴の戦い②



「あぁあああああああッ!!! 腕ッ!! ウチの腕がぁああ!!」



 発狂するように少女が甲高い悲鳴を上げた。

 飛ばされた少女の腕がドサリと床に落ちる。その指先に、通路に並ぶシャンデリアの輝きを反射するものを幸仁は見つける。



「――――――ッ!!」



 それが指輪だと確信した時、幸仁はもうすでに行動に移していた。

 血が溢れ出す胸元を押さえながら幸仁は瞬間移動をする。

 同時に、男もまた少女が指輪を持っていたことにそこでようやく気が付いたようだ。



「――なるほど、ガキの狙いはそれか!!」



 叫び、男は床に落ちた少女の腕に目掛けて床を蹴った。



「ラッキーだぜ! まさか、ガキを探してたら指輪も一緒に手に入れることが出来るなんてよぉ!!」



 男は嗤う。この男もまた、指輪を求めて館を彷徨う参加者の一人だったのだ。

 男たちは少女の腕へと目掛けて殺到する。それを見た少女は、すぐに腕を切り落とされたショックから立ち直った。



「させ、るかぁあああああああああああああ!!」



 少女もまた、男たちと同様に自らの腕へと目掛けて地面を蹴った。

 しかし、事前にスタンガンを当てられた身体では力が入らない。

 それをすぐに察した少女は、手に持つドス刀を大きく振りかぶる。



「それはウチの腕だ!! ウチの指輪だ!! 汚ねぇ手で、ウチの身体に触るんじゃねぇえええええええええ!!」



 叫び、少女は振りかざしたドス刀を自らの腕が転がるその場所へと投げつけた。





「――――取った!」





 その最中、少女の腕を最初に拾ったのは幸仁だった。

 瞬間移動で誰よりも早く少女の腕へと近づいた幸仁は、床に落ちた腕を素早く拾い上げた。

 瞬間移動をしながらも、男が少女の腕に目掛けて駆け寄るのを見ていた幸仁は、すぐさまこの場から離れようと再び瞬間移動を発動させる。



「ぐっ、あぁッ!」



 その瞬間、幸仁の背中に少女が投げつけていたドス刀が突き刺さった。

 全身を突き刺す激しい痛みに、幸仁は手に持つ長ドスを取り落とす。必死で拾い上げた腕だけは落とさないよう、丹田に力を入れて幸仁は唇を噛みしめる。



「くっ」



 幸仁は背中のドス刀を引き抜いた――――その瞬間、幸仁は車にでもぶつかったような衝撃を正面から受けて、受け身を取る暇もなく後ろへと吹き飛ばされた。



「―――――――」



 ドス刀や少女の腕を取り落とし、背中を盛大に壁へと叩きつけて、幸仁は肺の空気を全て吐き出して呼吸を数瞬止める。

 幸仁を吹き飛ばしたのは、斬り飛ばした腕へと近づいていた男の飛び蹴りだった。



「はははは!! ガキィ! やっとテメェに一発だ!!」


 幸仁を蹴り飛ばした男はその事実に声を上げて笑い、幸仁が取りこぼした少女の腕を拾い上げる。



「さーて、これで俺の用事は済んだ。あとはこの指輪を頂いて、時間切れまで逃げるだけだな」


 男はそう言うと、拾い上げた少女の腕を乱雑に持って、その指先から指輪を引き抜いた。



「――ッ」



 それを見た少女は目の前が真っ暗になった。

 腕が斬り飛ばされたショックも、身体に残るその痛みも、スタンガンによる全身の痺れも、一瞬にして全てが吹き飛んだ。



「それに、触るなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 獣のような叫び声を上げて少女が飛び出す。

 幸仁が取り落としたドス刀を拾い上げて、指輪を手にした男へと斬りかかる。



「しつけぇ女だ!!」



 自らへと飛び掛かってくる少女に気が付いて、男は大きく顔を歪めた。

 少女に向けて左腕を振るって、そこから飛び出した見えない刃が少女の左の肩口を切り裂く。

 しかし、少女はそれでも止まらない。ドス刀を構えた左手は淀みなく男の首元へと迫り、その命を絶とうと凶刃が煌めく。



「ぅぉおおおおおおおおおおおおッッ!!」



 その少女へと向けて飛び出す影があった。――幸仁だ。

 幸仁は瞬間移動にて少女の傍に近寄ると、指輪を狙う少女をまずは男の傍から引き離すべく姿を現すと同時にくるりと身体を空中で捻り反転させ、その勢いづけた右足を全力で振り抜いた。



「くっ――!」



 幸仁の回し蹴りが少女の左腕にぶつかり、男を狙うドス刀の軌道を逸らした。

 少女から放たれた刃は男の鼻先を掠める。

 そのことに男が内心で冷や汗を流していると、少女を蹴りつけた幸仁が地面に降り立つ寸前に瞬間移動を使って消え失せたのに気が付いた。



「どこに――――」



 その言葉は最後まで続かなかった。

 男の頭上に空高く右足を掲げた幸仁が瞬間移動にて出現していたからだ。



「はぁぁぁぁぁああああああッッ!!」



 叫び、幸仁は右足を振り落とす。

 振り下ろされた踵は男の頭蓋を割る勢いでぶつかり、男の意識を数瞬ほど刈り取った。

 意識を手放した男の手から指輪が零れ落ちる。



「ッ!!」


 幸仁はその指輪に向けて必死で手を伸ばす。



「させるかぁああッ!」


 その幸仁に向けて、少女はドス刀を振り抜いた。



 躊躇なく首筋を狙われたその一撃に、幸仁は伸ばしていた手が指輪を掴む間もないまま、瞬間移動でその場から離れざるを得なかった。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………………くっそ………」


 壁際に逃げた幸仁が、肩で息を切らしながら呟いた。



「――――殺す。ガキ、テメェはやっぱり殺す。バラバラに引き裂いてやる」


 意識を取り戻した男が、幸仁へと憎悪の籠った瞳を向けながら歯を剥きだしにして低い声で言った。



「アンタら……。マジで許さないから」


 男たちを見つめながら、少女が怒りに震える唇を開いた。



 三つ巴の戦いは佳境を迎えていた。この場にいる誰もが、満身創痍だった。



 おそらく、次の行動でこの戦いに決着が付く。それを、この場にいる全員が思ったのだろう。

 幸仁も、男も、少女も。床に落ちた指輪には目もくれず、全員が互いの動向に神経を尖らせて鋭い視線を投げかけていた。



 ぽたぽたと床に垂れ落ちる血の音が大きく聞こえるほどの静寂。荒い息遣いだけが支配する戦場。




 たった一つの指輪を巡った戦いの終わりが近づいている。




「ふぅー…………」



 幸仁はゆっくりと息を吐く。

 絶え間なく流れ続ける血液に思考が奪われ、頭の中が靄でいっぱいになる。


 もはや、考え続けるのも億劫だった。

 こうして立ち続けているのも限界だった。


 息を吸うのも苦しく、流した血の量も多い。長い間、水分を口にしていない身体はただでさえ脱水だ。今すぐにでも倒れ込みたかった。



「…………ッ!」



 だが、それでも。幸仁は奥歯を噛みしめこの場に居る敵を見据える。

 〝死にたくない〟という思いが幸仁の意識を繋ぐ。もはや死に体の身体を突き動かす。




『どんな時でも、常に最善を示せ』




 ふと、そんな言葉が幸仁の記憶から蘇った。

 父親の言葉だ。幼い頃から聞かされ続けてきた、反吐が出るほど嫌いな言葉だった。



「――ははっ」



 しかし、幸仁は思い出したその言葉に笑う。



「…………まさか、こんな時でもアイツの言葉を思い出すなんてな」



 父親のことがどんなに嫌いだったとしても。どれだけ憎しみを持っていたとしても。

 結局のところ、幸仁の人生のほとんどを占めているのは父親と過ごした時間なのだ。


 父親によって広野幸仁という人格は形作られて、父親の指導によって広野幸仁という男の肉体は鍛え上げられて、父親の教育によって広野幸仁という少年が持つ思考は完成した。

 たとえ一度死んだとしても。広野幸仁が広野幸仁である限り、根深く張り巡らされた父親の影はどこまでも付き纏っている。



「…………ああ、そうだな。そうだったよ。あのクソ親父の言う通りだ。死にたくないなら、どんな時でも最善を示すしかないんだ。ここがどんな場所で、どんな奴が相手だろうと、俺は負けることが許されない。……どんな奴が相手だろうと、俺は勝つしかねぇんだよ!!」


 呟き、幸仁は策を練るために無理やりに思考を回して状況の把握に努めた。



 まずは、自分自身。

 斬られた胸の傷は相変わらず血が止まらないものの、主要な臓器は傷ついていないように思える。突くのではなく、斬られたことも幸いしたのだろう。肋骨と胸骨に守られた心臓は、未だ力強く鼓動している。問題は背中に受けた傷だ。


 少女に投げられたドス刀は幸仁の背中に突き刺さっていた。その時に、肋骨の隙間を縫って肺に届いたのだろう。幸仁は、先ほどから呼吸をするのがままならない状況だった。



(……多分、片肺が潰れたな)



 息を吸う度に襲う激しい胸の痛み。満足に酸素が取り込めず、息を吸い込んでもなお苦しく、息が上がる。酸素と流れる血によって思考が鈍り、一瞬でも気を抜けば意識を失いそうだった。



 しかし、この場には幸仁以上の傷を受けている人間がいる。



 幸仁は視線を少女へと向けた。



 少女は、幸仁と男に向けて燃え上がる怒りに染まった視線をぶつけていた。怒りによってその顔は大きく歪み、高ぶった感情によって呼吸が荒い。

 その身体は至る所が傷つき、斬り裂け、身体に残るほんの僅かな血を滲ませている。



 少女の能力が無ければ、もはや死んでいてもおかしくはない身体だった。



 幸仁は、男が斬り飛ばした少女の右腕へと視線を移し、次いで反対の手に握られたドス刀へと目を向ける。

 先ほどのやり取りで、幸仁は長ドスを取り落とした。幸仁は今や丸腰だ。こんなことになるなら、動く時に邪魔になるからと宝箱から見つけたナイフを捨てずにサブの武器として持ってくれば良かった、と幸仁は激しく後悔した。



(……閃光手榴弾は厄介だけど、もう手持ちにはなさそうだな)



 もし持っていれば、腕を飛ばされた段階で使っているだろう。



 幸仁はそう考えて、少女から次いで男へと目を向けた。



 男は幸仁と少女に相変わらず激しい憎悪を向けている。右肩を深く斬られて、右腕はもう動かせないようだ。左手は動くため未だ見えない刃を飛ばすという能力を使用している。

 少女の腕を斬り飛ばす際にスタンガンという武器を使ってはいたが、どうやら男はそれ以外の武器を持っていないらしい。……もっとも、男にとっては両腕から作り出される刃が、宝箱から出てくるどの武器よりも強力であるため、おそらくは武器を拾わなかったのだろう。と、幸仁はそう推察した。



 この中で、一番受けた傷が少ないのはこの男だ。しかし、少女は全身が傷だらけとは言え能力の関係で傷をさして気にする様子もない。それを考えると、三人の中で最も重症なのは幸仁だと言える。



(……男は致命傷を与えれば確実に死ぬ。問題は、あの女だ)


 と、幸仁は心の中で呟いた。



 致命傷を負っても死なない能力。この殺し合いにおいて、最もありえてはならないチート級の能力。


 どうして、そんな能力が参加者に与えられているんだ、と。幸仁は奥歯を噛みしめながら思った。


 致命傷を負っても死なないのであれば、このデスゲームのルールにも従う必要はない。腕時計による爆弾の起動も、六時間ごとに行われる〝死の再現〟によるチェックも、この少女には何の意味もなさない。少女の生前がどんな死因だろうが、致命傷を負っても動き続ける身体を持つのならば、それは不死身と同じ。

 それこそ、少女はクエストの勝利条件を満たす指輪を必ず集める必要もないはず―――――。



(――――――待てよ)



 思考の違和感。

 幸仁はハッとして自らの思考に矛盾を見出す。



(……そうだ、もし本当に何をされても死なないのならば、どうしてこの少女は指輪を持っていた? 本当に死なないのならば、指輪なんて集める必要もないはず…………)



 そこまで考えて、幸仁は気が付いた。

 そうして、幸仁は気がついたその可能性に深く息を吐き出す。



(……もし、この推察が正しいなら)



 保証はない。何せ、幸仁は少女の腕時計に記されたその文字を見ていないからだ。

 それでも、幸仁はこの推察に全てを賭けようと誓った。

 この先の未来を生き残るために、気が付いたその違和感に賭けてみようと思った。

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