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火薬庫の中


 

 幸仁がサバイバルナイフを見つけてから、また数時間が経過した。

 幸仁は未だに指輪を見つけられず、宝箱を求めて迷路の中を彷徨っている。


 今が何時で、『クエスト』開始からどれだけの時間が経ったのか。

 二回目の〝死の再現〟はもうすでに終わったのか、これからなのか。


 複雑に入り組んだ通路と、どこまでも続く同じ景色が時間感覚を狂わせる。狂った時間感覚は焦りとなって、白地に落としたインクのようにゆっくりと身体中に広がっていく。



 ふと、幸仁は視線を腕時計に落とした。



 ――――心拍数93。



 常に心臓の鼓動の動きをチェックしている腕時計。

 平時よりも高くなったその数字が、客観的な事実として焦りを幸仁の目に突き付けてくる。



「ふぅー………」



 幸仁は心の焦りを吹き飛ばすように息を吐き出した。

 幸仁たち参加者の頭の中には爆弾が仕掛けられている。腕時計がチェックする心臓の鼓動が一定の数値を越えれば爆発する仕掛けであるそれは、身体が疲れ、心が乱れれば乱れるほど起爆の可能性が高くなる。



 ――落ち着かなければならない。



 どんな時でも冷静に、常に思考を回し続けなければならない。



 幸仁の脳裏に、父親から施された〝教育〟の言葉がちらつく。


 ……分かってる。分かってるんだ。けれど、こんな状況で、そんな冷静なことを言っていられる人間がどれだけいると言うのだろうか。


 刻一刻と時間が進むたび、幸仁は傍に歩み寄ってくる死神の足音が聞こえるような気がした。



「……こんな時、恵さんが傍に居ればな」



 幸仁は、思わずその言葉を漏らす。



 『クエスト』が開始されると同時に、指輪の取り合いを防ぐために別れた女性。彼女の腕時計にあったクリア条件を示すカウント時計は、彼女の傍に居れば絶えず時間を刻み続ける。その時計さえあれば、今が『クエスト』開始からどれぐらい経ったのかすぐに分かり、多少はこの焦りも吹き飛ばすことが出来ただろう。



「JOKERがあの機能もコピー出来ればいいのに」



 文句を言ったところでもうどうしようもない。

 自らが生き残るために、彼女の存在は邪魔になると、幸仁は決断を下し実行した。



 葉月も恵も、幸仁自身が〝死〟から逃れるためには不要だった。



 ……大丈夫、自分一人でも何とか出来る。残り時間は分からないが、俺一人でもどうにか出来る。だって、俺はあの親父に作られた歪な完璧なんだから、と。幸仁は静かに考え、焦りで落ち着かない自分自身を慰めた。



 それから、幸仁は再び〝指輪さがし〟に集中した。

 幸仁は迷路を彷徨いながらも見つけた部屋に積極的に足を踏み入れて、その中にある宝箱を見つけ出す。

 しかし、それでもやはり指輪は見つからない。気が付けば、宝箱から出現する道具は今や人殺しを直接的に示唆する道具ばかりとなってしまった。



 刺身包丁、長ドス、草刈り鎌…………。クロスボウ、スリングショットなどといった長距離射撃用の道具の他に、催涙スプレーやスタンガンなどといった相手の動きを一時的に封じるような道具も出てきている。幸仁の手に持つ得物も、今や長ドスへと変わっていた。



 火薬庫となった館の中は、今や爆発寸前だ。――――いや、実はもう爆発しているのかもしれない。



 少し前までは静かだった館の中も、遠くから聞こえる怒声や能力の余波だと思われる轟音が断続的に響いている。通路の壁や床には血痕が付いていることも増えてきた。ところどころでは能力を使用した形跡だと思われる傷や凹み、焦げ跡や水浸しの床などもある。その結果、戦い破れて絶命した参加者だって、この館の通路には存在していた。



「……ここは、地獄だ」


 一定の心拍数を越えたのか、腕時計によって頭が爆発した死体を見つめて、幸仁は震える唇で呟いた。



 この館にいる全員が死人だと言うならば、この場所はきっと地獄に違いない場所なのだ。

 顔も分からない死体の腕には、腕時計が装着されていない。誰かが死体から持ち出している。それが、何の目的で持ち出したのかなんて考えなくても分かることだった。


 『クエスト』による指輪争奪。クリア条件による騙し合いと殺し合い。加速していく疑心暗鬼と、緊張と疲労で擦り減り続ける心身。

 もはや、この館の中で戦闘を行わないという選択肢は存在していなかった。

 誰もがみんな、生き残るために相手を殺すことしか出来なくなっていた。



 『シークレット・リヴァイヴ』というゲームを考え出した主催者の思惑通りに事が進みだしたのだ。



 もう、こうなってしまえば参加者たちは止まらない。一度その手を血に汚してしまえば、一度も二度も変わらないのだから。



「…………ッ、死にたくないッ!」


 幸仁は縋るように呟く。



 このままでは、目の前で横たわる参加者と同じ未来を辿ることが容易に分かる。

 もはや、指輪を見つけられない自分に残された手段は一つしかなかった。



             ◇ ◇ ◇



 幸仁が他の参加者の姿を見つけたのは、それからすぐのことだった。

 通路の曲がり角を曲がろうとしたところで、その先に居る人影に気が付き幸仁は慌てて身を引いて隠れた。


 そっと、幸仁は陰から曲がり角の先に続く通路の様子を伺う。


 通路の先には、全身に返り血を浴びて真っ赤に染まった、派手な恰好をしたギャル風の少女がゆったりとした足取りで歩いていた。

 気分が良いのか、その少女は小さな声で一昔前に流行ったJ‐POPを口ずさんでいる。その手には、宝箱の中から見つけたのだろうドス刀が握られていて、血に濡れた刃からぽたぽたと垂れ落ちる雫が、赤い絨毯に吸い込まれてはどす黒いマーブル模様を残していた。



「~~~~♪ ~~~~♪」



 少女が歌う。機嫌が良さそうに、自らの右手の人差し指に嵌められた、真っ赤な血に濡れた金色の指輪を宙にかざしながら。

 まるで、彼氏にねだって買ってもらった指輪を眺めるように、少女は手に嵌めたその指輪を愛おしそうに見つめていた。



「――――ッ!」



 思わず、幸仁は息を止める。

 彼女が手にしていた指輪を見たからではない。いや、もちろん幸仁は彼女が指輪を手にしていたことに驚いたのだが、それ以上に驚いたのは、彼女の首が真一文字に引き裂かれているのを目にしたからだった。



「……なんだ、あれ」



 異常な光景はそれだけじゃない。よくよく目を凝らせば彼女の身体は傷だらけだった。胸には刺し傷が複数存在し、四肢は細かな傷痕が残っている。脇腹に至っては深く斬り裂かれていて、斬り裂かれた場所からは臓物がはみ出しているように見えた。



 誰の目から見ても明らかな致命傷だ。動けるはずもない。だと言うのに、彼女はその傷を意にも返した様子もなく、日常を謳歌する若者然とした態度で歩いていた。



 そこで、ようやく幸仁は気が付く。



 彼女の身体に残る大量の血。それは、返り血などではなく、未だ垂れ流し続ける彼女の血液なのだということに。



「…………なんで、生きてるんだ」



 あのような状態で人が動けるはずもない。首を切られて良くて致命傷、胸を刺され脇腹を裂かれてしまえば間違いなく即死だろう。


 そう考えて、幸仁はハッと気が付いた。



 ゲーム開始直後、西側の扉を抜けた先に広がっていたあの惨状。大量の血液を流し、それでもなお消えた死体の謎。その答えが、この目の前に広がる光景なのではないか、と。



「…………アイツ、か」



 幸仁は小さな声で呟いた。

 おそらくは能力で回復したのだろうとあの時は考えた。しかし、この様子を見る限りその予想は間違いだったと気が付いた。



(――アイツの能力は、回復でも何でもない。致命傷を受けても、〝死なないこと〟そのものが、アイツの能力だったんだ)



 殺し合いにおいて、あってはならないその能力。一撃を与えてもなお動き続けるゾンビへと身体が変わる、誰よりも殺し合いという場において防御に特化したその能力。


 間違いない、と幸仁は確信した。


 その予想が正しいことを示すように、少女の肌は大量の血を失って蒼白している。それが、健康的な白さではないことは一目見て明らかだった。



「…………………………」



 彼女を襲うべきかどうか幸仁は悩んだ。

 致命傷を与えても死なない能力を前に、襲った後どう立ち回るかが分からなかったからだ。


 仮に恵からコピーをした能力を使って、あの少女に奇襲を仕掛けたところで、それは何の意味もなさないだろう。しかし、だからと言って、幸仁が少女の能力をコピーして立ち向かえばいいという単純な話でもない。


 あの不死身の身体が維持出来ているのは、与えられた能力があってこそだ。あの能力をコピーして、致命傷を負いながらもどうにか少女を戦闘不能にすることが出来たとしても、その後に能力を切り替えればその身体を維持する力はたちどころに失ってしまう。

 それは、あの能力をコピーして致命傷を受ければ最後、JOKERの能力の強みを活かすことが出来なくなってしまうことを指す。

 状況に応じて柔軟に能力を切り替えることが出来るその強みを、自らの手で潰すことは幸仁には出来なかった。



「…………それでも」


 と、幸仁は唇を噛みしめた。



 いくら探しても見つからない指輪が目の前にある。生きるために必要な絶対的な権利がそこにある。

 残り時間はもはや分からない。焦りは思考を空転させて、疲労は注意力を奪っていく。

 このまま指輪を探すのも限界だ。〝指輪さがし〟はもう、探索から奪い合いのフェーズへと移行している。



「すぅー…………、ふぅー……」



 暴れる心臓を落ち着かせるように、幸仁は深呼吸を繰り返した。

 長ドスの柄を固く握りしめた指先が冷たくなっていくのを幸仁は感じた。これから初めて行う、生きるために人を襲うというその行為に、幸仁の全身は細かく震えていた。



「――――――」



 ちらり、と幸仁は腕時計に視線を落とした。

 そこに表示された数字が110を超えたのを見て、幸仁はまた固く瞳を閉じた。



「――――――――行こう」



 瞳を見開き、幸仁は覚悟の言葉を吐き出す。

 細く息を吐き出し、長ドスを腰だめに構えて全身に力を漲らせた。



「――ッ!」



 そして、幸仁は言葉もなく一気に駆け出した。

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