ハズレの中身
幸仁は恵が消えたことを確認して、さっそく行動を開始した。
「まずは、この部屋だな……」
言って、幸仁は再び探索したはずのキッチン部屋を再度調べ始める。
幸仁は確信していた。あのアナウンスが言っていた『各部屋に必ず一つは宝箱が存在している』というあの言葉。恵と共に探した時には見つけられなかった宝箱も、『クエスト』が発生した今、必ずこの部屋のどこかにあるだろう、と。
「――ビンゴ」
そして、その予想は命中した。
数時間前に一度調べたはずの冷蔵庫の中。そこに、以前には無かった茶色の箱が置かれていたのだ。
幸仁は茶色の箱を手に取ると、しげしげとその外見を眺めた。
十センチ四方の小さな箱だ。木製で、箱の中心には囲むようにぐるりと切れ込みが入っている。冷蔵庫の中に入っていたからかよく冷えていたその箱は、幸仁が振るとカラカラと中で何かが転がる音がした。
「音が軽いな。まさか、指輪か?」
だとすれば、一発目から大当たりだ。
微かな期待を浮かべて、幸仁は箱の蓋に手を掛けてゆっくりと持ち上げる。
「…………これは」
開かれた箱の中を見て、幸仁はすぐに言葉が出なかった。
箱の中に入っていたのは、小さなカッターナイフだった。全ての刃を出したとしても五センチほどしかないだろう。段ボールの封や手紙の封を開ける際に使われるような代物だ。
幸仁は箱の中からカッターナイフを取り出すと、チキチキと音を出しながら刃を伸ばす。
「これが、宝箱のハズレってやつなのか? にしても、どうしてこんなものが」
文句を言いながらも、幸仁はカッターの刃を戻してポケットに仕舞い込む。
指輪が出なかったことは残念だったが、それでも手にしたものは『シークレット・リヴァイヴ』が始まって以降初めて手にした〝刃〟だった。護身用にも使えないほど小さなものだが、それでもないよりかはマシだろうと幸仁は考えた。
「……さて、この部屋の宝箱も開けたし移動するか」
誰にともなく呟き、幸仁は頭の中にマッピングした館の地図を思い浮かべる。
「下に行けばあの迷路の中に部屋はたくさんあるけど……。恵さんが下に向かった以上、俺はすぐには行けないな」
恵から見た幸仁の能力は〝手に触れた物をイメージ通りの硬度に変えることが出来る能力〟だ。そんな能力が、恵を追ってすぐに階下へと向かえば不自然だろう。
「今は、とりあえずこの迷路にある部屋を調べるしかないな」
幸仁はそう言って結論を出した。
部屋の中を見渡し、他に使えそうなものがないことを確認してから、幸仁は扉を開けて部屋の外へと足を踏み出す。
「――――誰もいない、か」
静まり返った通路を見て幸仁は息を吐いた。
少しの間、耳を澄ませてみるが物音一つ聞こえない。どうやら近くに他の参加者がいるわけではないようだ。
「移動には……恵さんからコピーした能力が使えるか?」
半径五メートル以内の空間を操る能力。その能力で出来ることは、恵が使用していたのを見ていればだいたい分かる。自分の立つ空間と、五メートル先の空間を入れ替えることで疑似的な瞬間移動が可能になるその能力は、繰り返し使えば移動の際に足音を立てることもなく移動することが出来るはずだ。
足音に気が付いた誰かと鉢合わせるのも嫌だし、能力で移動をするか。そう思った幸仁は能力を使用しようとして動きを止めた。
「……今は、やめとくか。恵さんの能力を知っている人が、俺がその能力を使っているのを見て不審に思うかもしれないし」
思考を言葉に出して、幸仁はため息を吐き出した。
これまでの探索で、幾人かの参加者たちと幸仁と恵はすれ違っている。
偵察は恵の役割だったから、そこで瞬間移動するところを見られていたはずだ。
――能力は各個人によって異なっている。
あのホールで聞いたスピーカーの声を聞く限り、参加者同士で同じ能力が与えられていることはないだろう。
それなのに、幸仁も恵と同じ能力を持っていることにおかしいと気が付く人が出てくるかもしれない。
「本当に、どうしようもない時以外でコピーをした能力を使うのはリスクがある、か」
そもそも、恵は気が付いていないようだったが、半径五メートル以内の空間を操り瞬間移動が出来るというその能力の最大の利点は逃走と奇襲にある。
それが最も成功しやすくなるのは何と言っても初見だろう。恵の能力は、そう何度も使うべき能力じゃない。
幸仁はそう考えて、覚悟を決めた。
それから、周囲の音を聞いて近くに誰もいないことを確認すると、幸仁はぐっと両足に力を込める。
「よし、行こう」
幸仁は自分自身に言い聞かせるように言った。
素早く、けれど足音が出来るだけ響かないように。頭の中にある地図から最も近い部屋を思い返して、幸仁は一気に走り出す。
目的の部屋にはトラブルなく到着した。足音に気が付いた他の参加者がやってくるのではないかと幸仁は内心緊張していたが、その懸念も杞憂に終わった。
どうやら、近くには参加者がいなかったようだ。
館の床全てが赤い絨毯で覆われていて、少しの足音ぐらいならば吸音してくれていたのも大きかった。
扉を開けて部屋の中に滑りこみ、すぐさま周囲を見渡して誰もいないことを確認してからゆっくりと安堵の息を吐く。
「ひとまず、到着したけど」
言って、幸仁はまた部屋の中に目を向けた。
幸仁が足を踏み入れた部屋は、以前に恵と共に探索をした子供部屋だった。
カラフルなパズルピースを模した壁紙と床。部屋の一角に置かれた、中身が溢れたおもちゃ箱と、中央に置かれた小さなベッド。ベッドの真上には星座をモチーフにした飾りつけ天井からぶら下がっていて、それが延々とくるくる回っている。壁際には大小様々なぬいぐるみがぐるりと部屋を取り囲むように置かれていて、その瞳がジッと部屋の中に侵入した幸仁を見つめていた。
「相変わらず、気持ちの悪い部屋だな」
幸仁は向けられる瞳を睨み返した。
生活感の欠片もない、人為的な部屋。映画の中でしか出てこないような、意図的に創られた子供部屋とはこうあるべきとでもいうかのような部屋だ。
幸仁は視線を切って、部屋の探索を始める。
宝箱はすぐに見つかった。以前、探索しても玩具以外何もなかったおもちゃ箱の奥底にひっそりと置かれていた。
「見た目はキッチン部屋と同じものか。中身は…………万年筆?」
開いた箱の中に転がっているソレを見て、幸仁は露骨に顔を顰めて見せた。
見た目にはない何か別の物があるのかと取り出してみるが、やはり特別なものは何もない。ただ強いて言うならば、その万年筆はインクが補充されていなくて、書いたところで何も文字を書くことが出来ないということだけだった。
「指輪以外の宝箱にはゴミしか入っていないのか?」
幸仁は乱暴に言葉を吐き捨てた。
こうして〝ハズレ〟の宝箱を引いている間にも、他の参加者たちが次々と〝当たり〟の宝箱を引いているかもしれない。
そんな焦りが、幸仁の胸の内をじりじりと焦がしていく。
「クソッ!」
幸仁は万年筆を床に投げ捨てると、追い立てられるように部屋を飛び出した。
「次は、あの部屋が近いか」
通路を走りながら、頭の中で地図を思い返し呟く。
参加者に与えられた時間は限られている。
このまま死にたくなければ、必死で当たりの宝箱を探すしかない。
今の幸仁に、ハズレを引いたことで悔しがる時間は存在していなかった。
空間を操る能力の本質は瞬間移動だけではないのですが……。
もし幸仁が恵の能力に対する先入観もない状態で、なおかつゲームや漫画に明るければ、その本質に気付けたのかもしれません。




