『クエスト』
「そろそろ時間ね」
静かに呟かれるその言葉に、壁に背中を預けて俯きながら座り込んでいた幸仁はゆっくりと顔を持ち上げた。
ちらりと幸仁が隣へと目を向ける。すると、そこには幸仁と同じく壁に背中を預けて座り込んでいる恵がいた。
恵は、胡坐をかくようして座り込んでいた。その視線は腕時計が装着された左腕へと落ちていて、真剣に見つめるその先ではデジタル表記されたカウントタイマーが一秒ごとにその数を増やしていた。
幸仁の視線に気が付いたのか、ちらりと恵は視線を動かすと幸仁にも見えるように腕時計を掲げる。
――五時間五十七分四十二秒。
デジタル表記されたその時間は、これまで幸仁と恵が共に行動した時間を示している。多少の誤差はあれど進み続けるそのカウントは、六時間ごとに行われる『シークレット・リヴァイヴ』の参加を問う〝死の再現〟が近いことを刻一刻と示していた。
「……もう、そんな時間ですか」
幸仁が吐き出したその言葉は、乾いた喉に突っ掛かったかのように細く掠れていた。
『シークレット・リヴァイヴ』が始まってから約六時間。幸仁たちは食料や水を見つけたものの未だに手を出していない。開始直後以降は比較的穏やかに状況は進んでいるが、それでも全くお腹が空かないわけもなく、また喉が渇かないというわけでもなかった。
幸仁は一度咳払いをして唾を飲み込み、喉を潤すともう一度口を開く。
「そのカウントは俺たちが一緒に行動し始めて動き出したものですし、多分ですけどもうすでに腕時計を付けていない参加者への〝死の再現〟は終わってるでしょうね。…………とは言っても、確実なのはそのカウントが六時間を上回った時でしょう。あと数分、もう少しだけ様子を見ましょうか」
「そうね。それがいいと思う」
幸仁の言葉に返事をして、恵は再び自らの腕時計へと視線を落とした。
「…………」
「…………」
自然と二人の会話が途切れて、静寂がキッチン部屋の中を満たす。
幸仁も恵も、言葉には出さないまでも疲れを感じ始めていた。
『シークレット・リヴァイヴ』に巻き込まれるように強制的に参加させられ、様々なルールという束縛を設けられて。いつ殺されるかも分からない見知らぬ場所に足を踏み入れ、出会う参加者一人一人を疑い、逃げ続けるこの時間に少しずつ体力と精神力を削られていた。
二人が吐き出す吐息はため息へと変わり、時間が経つごとに疲労が色濃く残り始める。
まだ六時間。ファーストステージの折り返しにも満たない、四分の一が終了したに過ぎない。
その事実に、幸仁はまた知らず知らずのうちに大きなため息を漏らしてしまう。
そうして、何度目になるか分からないため息を幸仁が漏らした後、その時間はついにおとずれた。
「…………六時間、経ったわ」
腕時計を食い入るように見つめていた恵が、その言葉を漏らすように呟いた。
幸仁たちはジッと互いの姿を見つめて、〝死の再現〟が行われていないことを確認する。それから、互いの無事を確認した幸仁たちはどちらともなく深い安堵の息を吐き出した。
「……お互いに、大丈夫のようね」
と恵は小さな笑みを浮かべて口を開いた。
「ええ、腕時計を付けているので大丈夫だとは思ってましたけど…………。やっぱり、実際に安全を確認できるまでは緊張しますね」
と幸仁も口元に笑みを浮かべながら恵の言葉に返事をする。
「ひとまず、これで一回目のチェックはクリアしたってことで良いのよね?」
「そのはずです。確実に、俺たちがここに足を踏み入れてから六時間以上が経ってますから」
幸仁は恵の言葉にしかと頷いた。
恵の腕時計が刻み続けるカウントは、洋館遭遇戦が始まってからしばらくして開始されている。その遅れて始まったカウントが六時間を示した以上、もうすでに腕時計を持たない参加者に対しては〝死の再現〟が行われているということになる。
(六時間、か…………。あの男は、死んだのだろうか)
この洋館に足を踏み入れてすぐに出会った、サラリーマン風の名前も知らないあの男。
恵の手によって、せっかく追い詰めた幸仁を男は逃がしている。『シークレット・リヴァイヴ』のルール説明の際にも騒ぎを起こしていたことから、男が生に執着しているのは間違いない。
だとすれば、あれからきっと、男は血眼になって他参加者を探したはずだ。
今となっては男の生死は不明だが、もし生き残っているのであれば注意するべき人物であるのは間違いないだろう。
(鹿野は……、生き残ってるのかな)
幸仁は自らのクラスメイトのことを思い出した。
なんの思い入れもない仲だったとはいえ、仮にもクラスメイトだった少女だ。彼女から伸ばされたその手を、幸仁は一度振り払ったものの、彼女が死んでもいいなどと思ったことは一度も無かった。
――出来れば生き残っていて欲しい。
その願いが、彼女の手を振り払った自らのエゴだと幸仁も理解している。伸ばされた手を振り払った自分がそう思うことさえも烏滸がましいと分かっている。
それでも、幸仁は彼女には生きていて欲しかった。顔見知りが、このデスゲームで死んでほしくはなかった。
――――それが、あの時から抱えている小さな罪悪感を埋めることが出来る唯一の方法だったから。
(…………やめだ。もう、考えるのはやめよう)
自らが死なないために、幸仁は葉月を切り捨てた。
抱えた罪悪感も、死んでほしくないという願いも全て本物だ。けれど、それを考えるのは今じゃない。
まずはここから生き残って脱出すること。そうした上で、もし葉月が生き残っていれば、手を振り払ったことを改めて謝罪しよう。そう、幸仁は心に決める。
「……ひとまず、また館を探索しましょうか。少しでも逃げる場所を把握しておかないと」
と、幸仁がそう呟いて立ち上がろうとしたその時だった。
「――――みなさん。『シークレット・リヴァイヴ』が開始されて四名の参加者がゲームから離脱し、残りの参加者は五十名となりました。これより、『クエスト』を始めます」




