♢4の能力
「私たちの、お互いの能力――――。それを、共有しようよ。私たち、なんだかんだで能力の共有はしてなかったでしょ?」
その言葉に、幸仁は思わず瞬きをした。
簡単にではあるが、幸仁は恵の能力を恵自身の口から聞いている。だと言うのに、これ以上改まって互いの能力を共有する必要があるのだろうか。
(――あ、そうか。俺の能力、まだ恵さんに言ってなかったか)
恵は、階下に広がる迷路で男に追いかけられる幸仁を助けている。その際に、遠巻きから幸仁たちの様子を観察していたらしき発言をしていたことから、幸仁は恵が自分の能力を知っているものとばかり思っていた。
けれど、よくよく考えてみれば遠目から見ただけでは幸仁の能力の詳細を知るのは出来ないだろう。何せ、幸仁の今の能力は手に触れるという行為をして、物の硬さを変えているだけなのだ。傍からその行為を見ていれば、能力の予想は付くだろうが断定をするのは難しい。
だから恵は幸仁に切り出したのだ。本当に手を組むのならば、能力も見せ合おう、と。
「……ええ、そうですね。この辺りで、一度お互いの能力を再確認しておきましょうか」
と、幸仁は自分の本当の能力を教えるかどうかはさておき、ひとまずは恵の言葉に頷いた。
それから、幸仁は視線を動かして差し出された恵の腕時計へと目を落とす。
『♢4の能力:自分の半径5メートル以内の空間を操ることが出来る。ただし、この能力を他者を対象として発動した場合、能力の再使用に5分間を要する』
そこに書かれていた文字に、幸仁の思考は数秒ほど停止した。
「――――瞬間移動、じゃない」
幸仁は零れるように言葉を漏らす。
その言葉に、恵がばつの悪そうな顔をして頷いた。
「うん、ごめんね。ココに書かれてあるのが、私の本当の能力。本当の私の能力は、厳密に言えば〝瞬間移動〟とは少し違うんだ」
「いや、でも――。恵さん、自分でも能力は〝瞬間移動〟だって――――」
幸仁は思わず言い返す。自分の推察が間違っていたことが信じられなくて。
その言葉に、恵は困ったような笑みを浮かべると首を横に振った。
「言ってない。私は、そんなこと一言も言ってないよ。『瞬間移動してきた』とは言ったけど、私の能力が〝瞬間移動〟だなんて一言も言ってない」
「いや、でも確かに――――」
と、なおも幸仁はその言葉に食い下がろうとして、ふとこれまでの恵との会話を思い出して口を噤んだ。
――そうだ。言ってない。
確かに、恵は自分の能力を〝瞬間移動〟だとは一言も言っていないのだ。
あの状況で、彼女のあの能力を見て、幸仁が勝手にそう解釈していただけなのだ。
「はぁ…………」
幸仁は自分自身に呆れてため息を吐く。
このデスゲームに身を投じて、目で見たものだけを信じようと思っていたはずなのに。いろいろと気を付けて、思考を回し、慎重に慎重を重ねて行動してきたはずなのに。それでもなお、肝心なところを見落としていた。
その事実が幸仁は許せなくて。同時に、そこまで頭の回っていなかった自分自身のことにほとほと呆れて。
幸仁は深い、深い息を吐き出す。
(恵さんのクリア条件が、本当に殺害系じゃなくて良かった)
このゲームが参加者同士の化かし合いになることは分かっていた。
分かっていたはずなのに、幸仁はまだ認識が甘かった。
幸仁は再び自分自身に呆れた息を吐くと、気持ちを切り替えるように前髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「…………よし」
気持ちを切り替えるように幸仁は呟く。
犯してしまった失敗はもう取り戻せない。今回は恵の善性とクリア条件に救われた。
今の自分に出来ることは、この失敗を繰り返さないことだ。
と、そう幸仁は強く心に誓う。
それから幸仁はもう一度、恵の能力が書かれた文字へと目を落として、その内容を頭に叩き込むと恵へと視線を投げかけた。
「ここに書いてある、〝空間を操ることが出来る能力〟が恵さんの能力ってことで間違いないんですよね?」
「うん、そうだよ」
と、恵は幸仁の言葉に頷いた。
「これが〝瞬間移動〟じゃないなら、どうして恵さんは姿を一瞬で消して移動することが出来るんですか?」
「ああ、それは」
と恵は幸仁の言葉に小さな笑みを浮かべた。
「この操ることが出来るって能力、実は、結構使い勝手が良いんだよね。〝瞬間移動〟の正体は、私が今立つこの空間と、半径5メートル以内にある空間を入れ替えてるだけなんだ。だから傍目から見れば私の姿が一瞬で移動しているように見えるってわけ。――ちなみに、広野くんと一緒に移動したのは広野くんごと空間を切り取り上にあったエントランスホールの空間と丸々入れ替えたからだよ」
「……それじゃあ、まさかあの時、恵さんはこの能力を――――」
「うん。クールタイムってやつ? その真っ最中だったから使えなかったんだ。……いやぁ、今だからこそ言うけど、結構な賭けだったんだよ? 私は君の様子を見て、♤の可能性は低いって思ってたけど、それでもゼロじゃなかったし。もしかしたら、助けた相手に殺されるかもって思ってたんだから」
そう言って、恵は朗らかな笑みを浮かべた。
それを聞いた幸仁は、随分と危険な賭けだと眉を顰める。
けれど、その危険な賭けに恵が出てくれたおかげで自分はこうして生きている。それが分かっているからこそ幸仁は恵に対して何も言わず、ただ一言、
「次からは、気を付けてくださいね」
と短い言葉だけに留めた。
「まあ、あんなことをするのはこの先、早々ないことだと思いたいね」
と恵も分かっているのか小さく肩をすくめた。
「……それで? 広野くんの能力は何なの?」
それから、恵は話の矛先を変えるように、幸仁を見つめながらそう言った。




