改めて
幸仁たちは来た道を戻り、エントランスホールに出ると北側の扉へと足を向けた。
西側の扉の時と同じく恵が先行して扉の先を調べ、今度は何もなかったことを確認してから幸仁たちは扉の先へと進んだ。
北側の扉の先は、階下にある通路と同じ迷路のように入り組んだ通路になっていた。
ただ、階下と違うのは通路の中ほどにいくつも並んでいた部屋がないということだ。
幸仁たちは代り映えのしない通路を抜けて、何度も折れ曲がり、いくつもの交差路や三叉路のようになった通路を通過する。そうして抜けた先の通路は時々行き止まりになっていて、その行き止まりとなった通路の先には決まって扉が設置されていた。
「また、扉か」
この迷路を進み始めて何度目になるか分からない扉を見つけて、幸仁が呆れたような声を出した。
北側の扉の先にある迷路で見つけた扉は、階下の迷路に並んでいた扉と見た目は全く同じものだがその先がまるで違う。
階下の迷路に並んでいた扉は、開ければコピー&ペーストしたような全く同じ部屋が広がっていたのに対して、この迷路の行き止まりに設置されている扉の先は、また迷路となっている通路が続いている場合と、浴室や物置部屋、書斎や寝室、子供部屋といった様々な部屋が広がっている場合の二つのパターンがあった。
「ここ、さっきも見た場所じゃない?」
と恵がその扉を見て首を傾げる。
その言葉に、幸仁ははっきりと首を横に振った。
「いや、それはないですよ。この迷路に入ってからずっと、頭の中で通った場所をマッピングしてますけど、さっきの場所はまた別です。いくら通路を進んでも景色が変わらないので混乱しますが、俺たちは確実に前へと進んでいます」
「マッピングって…………。ほんと、君ってば器用な子よね」
と恵は呆れた笑みを浮かべた。
「どうする? また、私が先行して偵察する?」
「お願いします」
と幸仁は恵の言葉に頷いた。
この迷路を進み始めて、扉を発見するたびに自然と決まった役割だ。〝瞬間移動〟を持つ恵が先行して偵察し、安全を確認してから幸仁が入る。時々、その扉の先にある部屋に他の参加者が隠れていることがあったが、その時は無用な戦闘や面倒事を避けるため、恵がすぐに引き返して幸仁にそのことを伝えて、二人はすぐにその扉から離れていた。
「それじゃ、行ってくる」
そう言って、恵はあっという間にその姿を消した。
幸仁が扉の前で待機しているとほどなくして恵が戻ってくる。
「誰もいなかったよ。ちなみに、扉の先はキッチンだった」
「…………キッチン、か。何か、食べ物でもあればいいですね」
この迷路の中にある部屋を探索し始めて分かったことだが、部屋の中には用途に応じた物資が置かれていることが多かった。
書斎ならば多くの書籍が、子供部屋ならば玩具やぬいぐるみが、客室ならばソファーとベッドが。それぞれの部屋の用途に合わせて用意されていたそれら物品は部屋の外へと持ち出すことが出来て、幸仁たちは見つけたいくつかの物品を拝借して持ち歩いていた。
「そうね。そろそろ、何か食べたいかも」
と、恵は喫煙所と思われる場所から拝借したタバコを口に咥えて笑った。
「…………吸うなら部屋の中にしてくださいよ。通路で吸えば、その匂いで誰かに気付かれますし」
「はいはい、分かってるよ」
言って、恵は咥えたばかりのタバコを手に取り唇を尖らせる。
これも、迷路を探索し始めて何度か繰り返したやり取りだった。
あの死体が消えたと思われる西側の扉を調べてから数時間。迷路の中を迷いながらも進み、いくつもの部屋を探索した幸仁たちは多少なりとも打ち解けてきていた。どことなく手探り感のあった会話も多少なりとも軽快になり、幸仁たちは互いによく口を開くようになっている。
参加者同士で戦闘があったと思われる現場を見たのも西側の扉を進んだあの時が最後で、この迷路に足を踏み入れてから幸仁たちは争いのない静かな時間を過ごしていた。
「それよりも、一度休憩しない? 動いてばかりでお腹すいちゃった。まだ先は長いんだしさ」
だからだろう。張り詰めていた気が緩み始めたのか、恵が取り出したタバコをポケットに仕舞いながら、戻ってきたばかりの扉の先へと目を向けながら言った。
「他の部屋もそうだったし、キッチン部屋のここならきっと、食べ物があると思うんだ。何がどうなるか分からないんだし、今のうちに何か食べとかない?」
恵のその言葉に、幸仁は口元に手を当てて考え込む。
(休憩、か。確かに、この辺りで休んでおくのはありかな。このままずっと動きっぱなしっていうのも疲れるのも確かだし、もしもの時に動きが鈍ったら困る。……それに、恵さんと一緒に行動し始めて結構時間が経ってる。そろそろ共闘についてどう考えてるのか聞いてみるか)
さらに言えば、キッチンの部屋ならば護身用のナイフ代わりになるものもあるかもしれない。
幸仁は思考を纏めると、恵の言葉を肯定するように一つ頷いた。
「そうですね。この辺りで一度休憩しましょうか」
言って、幸仁は目の前の扉に手を掛けた。
扉の先は、恵の言っていた通りキッチンと呼べる部屋だった。天井に付けられた白熱灯を反射させる綺麗に磨かれた調理台。壁際に取り付けられたガスコンロ。鈍色の業務用冷蔵庫に、壁際に取り付けられた食器棚。部屋の中央には木製のテーブルと椅子が一組置かれてあって、その上にはチェック柄のテーブルクロスが敷かれてあった。
それら全ては真新しいながらも造りは古めかしいもので、館の近代建築に合わせて同じ近代時期に作られた物が集められていることが幸仁は一目で分かった。
「…………」
幸仁はタイル張りの床へと足を踏み出して、厨房部屋の中をぐるりと見渡す。そうして、誰もいないことを自分の目で確かめてから、ようやく幸仁は警戒を解いて長々としたため息を吐き出した。
「…………では、何か食べ物でも探しましょうか」
「オッケー。何かあれば良いけど」
二人は手分けして部屋の中を探す。
ほどなくして、二人は見つけた物を手に持って部屋の中央に置かれたテーブルの元へと集まった。
「こっちはやたらと硬いパンと、水の入ったペットボトルを見つけたよ」
と、そう言って恵が机の上に紙に包まれたパンと500ミリリットルのペットボトルを五本置いた。
「こっちはビスケットを見つけました。数は少ないですけど」
そう言って、幸仁は手に持っていた袋を二つ机の上に置いた。
その他に見つけられた物は何もない。キッチン部屋なのに、包丁の一つでさえも置かれていなかった。
幸仁たちは互いに顔を見合わせて、またテーブルに置かれた食材へと目を落とす。
それから少しの間が空いて、最初に口を開いたのは恵だった。
「……これだけ? キッチンなのに、これだけなの?」
「……みたいですね。結構くまなく探しましたが、この部屋の中にあるのはこれだけのようです」
「これだけじゃ、ちっともお腹いっぱいにならないんだけど?」
「そもそもコレ、全部食べられるやつなんですかね?」
「……………………」
幸仁の言葉に恵は難しい顔でテーブルの上に置かれたそれらを眺めた。
「……………………」
幸仁も、自分の言葉に眉根を寄せてテーブルの上に置かれたそれらを見つめた。
「…………もしかして、毒が入ってたりする?」
と、恵は半笑いで言った。
「…………どうでしょう。毒が入っていれば、それを食べた俺たちプレイヤーは勝手に死ぬことになるわけだし、殺し合いをさせたいことが見え透けなこのデスゲームで、毒入りの食べ物で参加者を殺すっていう方法を主催者側はとらないと思いますけど」
主催者側の思惑は、参加者同士の殺し合いだ。最初から参加者を殺すつもりでいるのならば、こんなルールに縛られたゲームなんてわざわざ作らないだろう。
それでも可能性があるとすれば、このデスゲームの参加者には、食べ物または手に触れた物に毒を付与するといった能力が与えられているかもしれないということ。その人物が、先にこれら食べ物に対してその能力を使用していた場合は、この食べ物は全て毒になっている。
とはいえ、それは全て可能性の話だ。
状況が状況なだけに、かもしれないと言い出せばキリがない。
それが幸仁も分かっているのだろう。大きなため息を吐き出すと、幸仁はテーブルに置かれた水のペットボトルを手に取り口を開いた。
「…………まあ、これが全部食べられるヤツなのかどうかは、結局のところ誰かが食べてみるしかないですね」
言いながら、幸仁は目を凝らしてペットボトルに異常がないことを確認すると、蓋を外して中身の液体の匂いを嗅ぐ。
「……匂いも見た目も、ただの水に見えますけど、これの中身が毒入りである可能性は誰にも否定できないわけですし」
「それじゃあ、せっかく見つけたのに食べられないの?」
幸仁の言葉にあからさまな落胆の表情を見せて、恵ががっくりと肩を落として見せた。その瞬間に、恵の腹の虫が可愛らしい鳴き声を上げる。
どうやら、お腹が空いていたと言っていたのは本当だったようだ。
恵は恥ずかしそうにお腹を摩ると、テーブルの上に置かれたそれら食べ物を恨めしそうに見つめた。
「はあ……。まったく、食べ物ですらも疑ってかからなくちゃいけないなんて。…………ほんと、嫌になるね」
恵はため息混じりにそう言うと、ポケットからタバコの箱を取り出した。
ちらりと視線が幸仁に向けられるが、その幸仁が何も言わないことを確認したのだろう。恵はタバコと一緒に拝借していたマッチ箱もポケットから取り出すと、タバコを咥えてマッチ棒を擦って火をつけた。
「………………」
恵がゆっくりと息を吸い込んで、タバコへと火が移りじりじりと燃える。
幸仁は、その様子を見ながら恵に向けて声を出した。
「ところで、恵さん」
「ん?」
天井に向けて紫煙を吐き出しながら、恵が幸仁へと目を向けた。
「俺たちが手を組んで、それなりの時間が経ちました。そろそろ、本格的に手を組むかどうか決めませんか?」
「ああ、その件か。そうだね…………」
言って、恵は考え込むように視線を彷徨わせる。
恵は、これまでに見てきた幸仁の様子を思い返しているようだった。
タバコを吸いながらも恵は答えを考え続け、そうしてタバコ一本を吸い終える頃、恵はようやく自らの思考に答えを出したようだった。
恵は床に落としたタバコを踏みにじりその残り火を消すと、まっすぐに幸仁の目を見つめた。
「今のところ、一緒に行動する方向で問題ないよ。ここまで様子を見てたけど、少なくとも悪いヤツじゃなさそうだし。何より、広野くんは頭が回るから一緒に居て心強い。私で良ければ、手を組んでくれると嬉しいかな」
恵は、そう言ってにこやかな笑みをその口元に浮かべた。
幸仁も、その言葉に一度安堵の息を吐くと小さな笑みを口元に浮かべる。
「それでは、これからも引き続きよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」
恵はそう言うと、手にしていたタバコの箱をポケットに仕舞い込んだ。
「それじゃ、改めて手を組んだことだし。ここからはお互いに腹の探り合いは無しで行こうか。これから先、互いに背中を預けることも多くなるだろうから、互いのことはよく知っておいた方がいい。そうでしょ?」
恵の言葉に、幸仁は訝し気な視線を恵に向けた。
「それは、まあ。その通りですが……」
恵の言っていることは間違っていない。
けれど、これ以上何を曝け出すと言うのか。
(――まさか、俺の本当のスートと能力に気が付いてる?)
幸仁は、心の中で恵に警戒心を露わにする。
このまま行動を共にしていればいつかはバレることだろうが、だとしてもそれは今じゃない。加えて、幸仁は自分のスートと本当の能力が決してバレることのないよう細心の注意を払って行動してきた。その行動に違和感だってなかったはずだ。
(……なんだ? 何が言いたい?)
幸仁は怖い顔をして恵のことを見つめた。
「何が、言いたいんです?」
と、幸仁は静かな口調で問いかける。
対して恵は、そんな幸仁の様子に気が付いていないのか、自らの腕時計へと視線を落とすと、その盤面へと指を触れて文字を表示させていた。
「そ、れ、は――――」
と、恵がニヤリとした笑みを浮かべる。
そして、バッと腕を差し出すと幸仁へと視線を向けた。
「私たちの、お互いの能力――――。それを、共有しようよ。私たち、なんだかんだで能力の共有はしてなかったでしょ?」




