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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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新しい願い

  

 アイリスは医務室に二日泊まって、体調が良好だと判断したクラリスから寮に戻っていいと許可が出たことでやっと医務室滞在から解放された。

 その後、「選ばれし者(シェルティスト)」達がどうなったのかはミレットによって事細かく聞かされた。


 ウィリアムズ達三人を筆頭とされた「選ばれし者(シェルティスト)」達による新たな教団を作るための組織は即座に解散させられた。


 あの場にいたエイレーンを崇めていた者達の半分は嘆きの夜明け団の団員で、他は教団に入ってはいないが魔力を持っており、団員の親族ばかりであった。


 百人近い人数を集めたのは数年そこらではなかったらしい。つまり長い年月をかけて、彼らはエイレーンという存在を信仰していたのだ。


 違法を犯したことを反省した団員達は期間内は謹慎し、しばらくはそれぞれの上司からの監視が付くが、そのまま教団に所属する者、もしくは教団を去る者に分かれるという。

 去る場合には教団に関することは一切他言してはならないと強く言い含められた。もし、誓約を破った場合には今回以上の処罰が待っているらしい。


 また、団員の親族達も同じように言い含められたがそれでも、抗う場合は教団の地下にある牢にしばらく入れられるとのことだ。



 そして、エイレーンを復活させてはならないと教団の新たな法がすぐに作られることとなり、驚いたのはアイリスだけではなく、所属している団員達も同様だった。総帥であるイリシオスの言っていた後処理とはこういうことだったのだ。


 首謀者だったウィリアムズ達がその後どうなるのかはミレットもまだ、情報が掴めていないという。スティル・パトルは今回の件で行使力の強い誓約書を書かされ、そのまま教団に残るようだが、ウィリアムズとラザリーの今後のことについては情報収集中らしい。



・・・・・・・・・・・・・・・



 アイリスが寮から魔具調査課へと出勤する途中、他の団員達が顔を見るなり、複雑そうな表情で視線を向けてくる。

 すでに教団内で自分に関することや、ウィリアムズ達が起こそうとしたことについて情報が回っているのだろう。


 それにしても、自分についての情報が流れているにも関わらず、アイリスの悪い噂が好きなハルージャが飛びついて来ていない上に、まだ一回も嫌味を言われていないのが不思議に思われた。

 ここまで静かだと逆に不気味である。



 何となく気まずさが流れている教団内の廊下を歩きながら、アイリスは魔具調査課へと入る。

 自分の机の上には小さなメモが置いてあり、課長室へと一言だけ書かれていた。字はクロイドのようだ。


 ……今回の件についてかしら。


 話があるとすれば、真っ先に思い浮かぶのはその件しかなかった。


 アイリスはメモを机の引き出しの中へとしまって、そのまま課長室へと向かう。いつものように扉を三回叩けば部屋の中からどうぞ、という言葉が返って来る。

 扉を開けて、朝の挨拶をしようとした時だ。アイリスは扉を途中まで開けてから、その場で固まってしまっていた。


 ブレアとクロイドが室内にいるのは分かる。

 だが、何故かソファにはセド・ウィリアムズが座っていたのだ。


「……っ!」


 思わず一歩足を引いて立ち止まると、課長机の椅子に座っているブレアが困ったように苦笑した。


「お前に話があるらしい。少し、聞いてやってくれないか」


「……はぁ」


 間の抜けた返事をしつつ、アイリスはクロイドが座っているソファへ腰を下ろす。

 隣に座っているクロイドも訝しがる表情でウィリアムズから視線を逸らさずにじっと睨んでいた。


 一方、ウィリアムズの方はこちらの様子を特に気にしてはいないようだ。

 黒い背広を着ており、髪なども整えてあった。こうして改めて姿を見ると、やはりラザリーと顔の輪郭や目鼻が似ている気がした。


「セド・ウィリアムズは私の兄弟子だったんだ」


「え……」


 静まった空気を壊すように突然、ブレアが苦笑しながらそう告げる。


「イリシオス先生のもとで、魔法の知識を教わっていたんだ。……先生は魔力はないが、魔法の教え方がとても上手く、私達の他にも多くの弟子がいた」


 目を細めながらブレアは窓の外を見る。

 今日は晴れていて、雲一つない良い天気だった。


「……そんな、懐かしい話をしに来たわけじゃない」


 そこでウィリアムズが初めて声を出す。


「私がエイレーンを神として崇めたいことは変わっていない」


 ウィリアムズから発せられた言葉を耳に入れたクロイドが勢いよく立ち上がりそうになるのをアイリスは素早く止めた。クロイドは不服そうな顔で唇を噛み、再び腰を下ろす。


「だが、もう君は使わないよ」


 ふっとウィリアムズの視線がアイリスの方へと向けられる。その瞳は先日、儀式を執り行おうとした際に見た眼光よりも穏やかなものに見えた。


「現実に出来ないという壁こそ、乗り越えてみたいと思った」


 ウィリアムズは飲んでいた紅茶のカップを机の上に置く。


「一度でいいから、会いたい。会って、話しをしたい。そして──」


 そこで一度、彼は言葉を噤む。惜しんでいるのか、それとも上手く言葉として告げられないのか、分からない。

 だが、アイリスにとってはウィリアムズが言葉を発することを躊躇しているように見えた。


「──そして、お礼を言いたかった」


 予想していない言葉に思わず、息をのみ込む。ウィリアムズの顔に浮かんでいたのは自嘲の笑みだった。


「セド、あなたは先生から魔法を教わっていた時から、ずっとその考えを持ち続けて来たんだな」


 ブレアの表情が悲しいものを見るような目になっていた。


「変わらない。変わるわけがないだろう。……それがウィリアムズ家の悲願でもあり、存在理由だ」


「何故……」


 アイリスが口を開く。

 膝の上に置いている両拳をしっかりと握りしめて、アイリスは言葉を続けた。


「何故、そこまでしてエイレーンにこだわるんですか」


 魔女狩りが盛んだった当時に彼の一族はエイレーンに助けてもらったと言っていた。そのことが関わっているとしても、エイレーンは過去の人物で、目の前にいるセド・ウィリアムズは現代に生きる人だ。

 だからこそ、ウィリアムズがエイレーンに強くこだわり、求め続けることを理解出来ないでいた。


「ウィリアムズ家の当主だった魔女が命を助けてもらったんだ。だからこそ、一生をかけて、彼女に尽くしたかった」


 そこでウィリアムズは軽く息を吐く。


「だが、エイレーンはそんな必要はない、自分のために生きろと当時の当主に答えた。そして、命を助けてもらったお礼を返すことが出来ないまま、時間だけが流れた。そうやって、機会を見逃したまま今に至る」


「それであなたが当主となった今、その悲願とやらを叶えようとしたんだな。……でも、どうせ分かっていたことだろう。エイレーンの魂と会話しようと何度か降霊を教団内で試したこともあったが、結局どれも上手くはいかなかったのを知っているじゃないか」


「だから、やり方を変えただけだ。必要なのは多くの魂かもしくは……」


 そう言ってウィリアムズが一度アイリスの方へと視線を動かしたが、すぐに逸らす。


「確かに私は、いや我が一族はエイレーンに心を囚われたままだ。今までもこれからもずっとそうやって何度でもエイレーンの復活を願い続けるだろう」


 それでは何も変わらない。

 アイリスは小さく俯き、唇を噛み締める。純粋な信仰心がこれほどまでに強固だとは思っていなかった。


 それはこの場にいる誰もが思っているだろう。彼らは少しのことで揺らぐことはない。信じるものを疑うことこそ、存在を否定する意味となってしまうのだ。


「それならばこの先、再びアイリスを狙うということか」


 隣に座っているクロイドが、ウィリアムズが彼よりも年上だということに怯みもせず噛み付く。


「その時はどんな理由があろうとも、貴様の喉元を噛み切ってやる」


 低く唸るようなクロイドの声色に、ウィリアムズが一瞬笑った気配がした。


「……アイリス・ローレンス。君は賢い犬ではなく、勇敢な騎士をお持ちのようだな」


 その言葉がどこか安心したように聞こえたのだ。


「私がここにいれば、確かに今回のように自身を制御できなくなり、再びその手に走ることは目に見えている」


 静かに、ウィリアムズは語るように呟く。

 空を見ていた瞳がアイリスとクロイド、そしてブレアに次々と向けられ、決心したように言葉を吐いた。


「だから、ここを出ていく」


「っ!」


 このまま教団に残るのかと思いきや、まさかの決断にブレアも驚いているようだった。恐らく、彼女も今この場で知らされたことなのだろう。


「このままここにいても、私は変わらない。それならば……この世界を変えてやる」


「……教団に所属している以外の人間が魔法を使うのは禁止だぞ。今度はあなたが狩られる側になる」


 探るようにブレアが口を出すも、ウィリアムズは余裕の表情のままだ。


「いいかね、ブレア。世界を変える力があるのは魔法の力などではない。……結局は人の想いだ」


 困惑した表情を見せるアイリス達になお、ウィリアムズは言葉を続ける。


「私はこの国を旅し、各地の人々にエイレーンの行った善意と勇気ある行動、彼女の強い想いを伝えに行く。そして、今度こそ、エイレーンを人々から忘れられない存在にしてやるのだ」


 時が止まったかのように静かだった。誰も、何も発しなかった。

 ただ、彼の言葉に耳を傾けて、そして、思ったからだ。


 それならば、彼が望む世界になる可能性だってあるのではないか、と。


「確かにイグノラント王国の国史にはエイレーンの名が表記されている。だが、それは立国に関わった者としてだ。私は教団を作ったエイレーンを皆の魂に刻みたいわけではない。──ただ、おぞましく悲しい魔女狩りが行われていた時代に、こういう人物が確かに存在していたということを知らしめてやりたい」


 すっとウィリアムズがアイリスの方へと視線を向けてくる。そして、彼は初めて穏やかに笑ってこう言ったのだ。


「君は教団の存在がエイレーンの意志を継いでいると言った。それならば、私は……彼女の行ったこと知る者として、彼女が存在し、どのように生きていたのかということを語り継いでいきたい。人生を物語で語るならば、人から忘れ去られることなんて、出来ないだろう?」


 するりと入って来るその話に反論など出来なかった。


「『吟遊詩人』、か……」


 ぼそりとブレアが呟く。彼女も反対はしていないようだった。


「そんなに大層なものではない。ただの語り部だ」


「……先生にこの話は?」


「すでにしている。明後日にはここを発つ。まだ行く先は決めていないが、住んでいた屋敷などはそのままにしておく。いつか、『エイレーンの存在を人から忘れられないようにする』悲願が達成されたら帰ってこよう」


 案外、さっぱりとし過ぎているウィリアムズの決意と答えに、クロイドも拍子抜けしたのか目を丸くしたままだ。

   

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