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背を向ける

 

 ジェイドはクリキ・カールとその家族がセプスによって、どのような最期になったのか、すでにイト達から話は聞いているのだろう。

 だからこそ、何かを惜しみ、恨むような感情が一瞬だけ表情に見えた気がした。


 だが、次の言葉を発する時には頼もしい表情へと変わり、空間に響き渡るように彼ははっきりと言い放った。


「……よし。それじゃあ、次はクリキ・カールの家に行って、何か島に関することが残されていないか調査するぞ。植物は採取出来たか? 枯れないように時間停止の魔法をかけ続けておいてくれ」


「分かりました」


 とりあえず、白い花が咲いている空間での調査はこれで終わりのようだ。


 今は昼と夕方の間くらいの時間だろう。これから出口を目指して歩いていけば、夜になる前には地上に出ることが出来るはずだ。


「恐らく、この場所はあとからまた調査に来ることになるだろうな。この島で調査したことをまとめた報告書を上層部へと上げて、許可が下りれば、専門知識と技術を持った団員達による部隊が編成されてこの島に送られるはずだ」

 

 そうなってしまえば、この島は外部の人間が立ち入ることは出来なくなってしまうのだろう。もしかすると、二度と足を踏み入れることも出来ないかもしれない。


 ……ライカは私達が外へと連れて行くと決めたけれど、彼は……。


 敏いライカならば、オスクリダ島から離れて、この地の土を二度と踏みしめることが出来なくなると分かっているはずだ。

 それでも彼は前だけを見据えて、凛としているように見えた。


「さて、忘れ物はないな? 出入り口までは遠いだろうが、あと少しの辛抱だ。休憩を挟みながら歩くから、体調が悪くなった奴は申し出てくれ。……行くぞ」


 ジェイドは全員の顔が揃っていることを確認してから、白い花が咲く空間を後にするように、自ら先頭に立ち、出口に向かって歩き始める。

 その後を次々と団員達が追うように歩いていく。


「……」


 足を通路の方へと進める前に、アイリスは一度、立ち止まってから視線を空間へと向けた。


 誰もいない、何もない空間で静かに花を揺らしては、淡く光る花粉を空中へと飛ばしていく。

 まるで、雪が地上から空へと上るような景色に見えた。


 この場所で何が起き、そして誰が死んだのだろうか。

 視界にはしっかりと捉えているというのに、自分は何も分からないままだ。


「──アイリス?」


 囁くような声が響き、アイリスははっと身体の向きを通路の方へと戻した。そこには中々、動こうとしないアイリスを心配するような瞳で見つめて来るクロイドがいた。


「あ……。ごめんなさい。今、行くわ」


 アイリスは何でもないと言わんばかりに薄く笑ってから、クロイドが立ち止まっている場所まで駆け寄った。

 クロイドは何か言いたげな表情をしたが、すぐに首を縦に振り、アイリスの隣を歩き始める。


 先方を歩く者達は誰しも後ろを振り返らなかった。振り返るべきではないと思っているのか、それとも割り切れる心を持っているのかもしれない。


 もう一度、振り返りそうになる身体を押し留めるために、アイリスは拳に力を込める。

 それでも、後ろから漂って来る甘い香りはいつまでも、どこまでも付いて来るような気がした。



・・・・・・・・・・・・・



 アイリス達が地下通路から顔を出した時には、すでに周囲は宵の色へと変わり始めていた。


 どうりでお腹が空くはずだと思ったが、地下通路で見た光景が再び思い出されると共に、暫くの間は肉が食べられなさそうだと顔を顰める。


 そして、甘い匂いがまだ身体に付着している気がして、手で叩き落とそうとしたが、取れることは無かったため、服と身体を丸ごと洗うしかないだろう。


 その日は休息と食事を摂るためにスウェン家へと向かうことになった。もちろん、スウェン家で休息を取るようにと提案したのはライカである。


 ジェイド達は診療所の待合室などで野宿をするつもりだったらしいが、ライカの強い希望により、とうとう折れてしまった。


 ジェイドは見た目と歳に似合わず、頑固で意思が強い奴だとライカのことを褒めていたが、アイリス達は別の心配をしていた。


 スウェン家はライカとそして──リッカが暮らしていた家だ。


 だが今、あの家にはリッカはもういない。空っぽの家となってしまっている。


 ただいまと言っても、おかえりという言葉は返ってこないし、いってらっしゃいも気を付けてね、も聞こえては来ない。


 もう一度、スウェン家に入ってしまえば、リッカに与えられた優しい記憶を思い出して、ライカが取り乱してしまわないか心配だったのだ。


 だが、そんなアイリス達の心配を見越していたのか、ライカは大丈夫だと言うように、薄く笑ってから首を横に振った。


「確か、家には食料もまだ残っていたはずです。もし宜しければ、うちの調理場を使って、温かい料理でも作りませんか。その間に、お風呂用のお湯も沸かしたいと思います」


 ライカがそう告げた瞬間、リッカの姿が重なって見えた。ライカがリッカの真似をしているわけではないというのに、いつの間にか「同じ」ように見えたのだ。


「……そうだな。それじゃあ、俺とリアンが夕食を作るから、ライカは風呂用のお湯を沸かしてきてくれ」


 クロイドがライカの頭を撫でながら、そう答えると彼はやっと年相応の表情で緩やかな笑みを浮かべるのであった。


 本当は心の中で、感情を表に出さないようにと自制しているのかもしれない。


 そうさせてしまっているのは、自分達だと分かっているが、ライカは決して態度にも口にも出すことなく、素直で敏いままだ。


 今夜、ライカはリッカと過ごした家で、眠れるだろうか。


 自分自身が見たい夢なんて、都合よく見ることは出来ないと分かっている。それでも、今夜だけはライカに穏やかで優しい夢を見させて欲しかった。

   

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