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金の疾風


「ん? もう、セルディはブレア課長の見張りか?」


 ナシルが辺りを見渡しながらロサリアに訊ねると彼女は軽く頷き返していた。


「確か、午前中はずっとブレア課長を見張っているはず」


 ロサリアは淡々とそう答えるが、いつも相棒として隣に立っているセルディが居ないのを少し寂しく思っているようにも見える。

 もちろん、彼女は常に無表情なのでアイリスが勝手にそう見えただけかもしれないが。


 アイリスも何となく周りを見渡してみるが開会式が終わった後、すぐにブレアの見張りに向かったのかその場にセルディの姿はなかった。

 こっそりと今大会に参加しようとするブレアを用心してミカとセルディは交代で見張ることにしたらしい。


「セルディ、午後からのロサリアの試合がどうしても見たいから、午前中は自分がブレア課長を見張るって言っていたよ」


 付け足すようにミカがのんびりと答えるとロサリアの肩が少しだけ震えたように見えた。


「……負けるつもりは、ない」


 それだけ答えると、ロサリアは表情を覚られないようにとそっぽを向いてしまう。相棒のセルディがロサリアの試合は見たいと言っていた言葉を聞いて嬉しく思い、照れているのかもしれない。


 ロサリアの気持ちは確かに分かるなと思いつつもアイリスは小さく苦笑しながら、試合会場へと目を向けた。


 試合の準備は順調に進められているらしく、試合会場には20体の木製の人形が綺麗に並んでいた。




「……それで、ユアンの対戦相手のライナス・フォードって奴はどんな魔法を使うんだ?」


 ミレットの話を聞いていたのかレイクが少し顔を傾けて、見上げるように聞いて来る。


「魔物討伐課所属の中堅チームの一人ってところですね。攻守を上手く使い分けた戦闘が得意みたいです。攻撃魔法は何でも得意みたいですが……まぁ、慎重な性格をしているので、この試合は攻めるよりも守る方に徹するかもしれないですね」


 あらゆる情報が詰まった手帳を捲りつつ、ミレットはさらさらと答えていく。恐らく、手帳には今大会に参加する者の情報が数えきれないくらいに記されているのだろう。


「ふーん、なるほどな」


「おや、レイク。あまりユアンのことを心配していないようだな?」


 ナシルがどこかからかうような口調で笑うと、レイクは小さく唇を尖らせた。


「別に、あいつの事だから心配なんてしてないですよ。……どうせ勝つし」


「随分な自信だなぁ」


 のんびりとした声でミカがナシルに同調する。


「風使い『金の疾風(オル・フォラータ)』ですからね。余計な心配は無用ですよ。……まぁ、この後に俺と試合することになったら、遠慮なく戦いますけど」


 悪戯をしている子どものような無邪気な表情でレイクがにっと笑った。


「『金の疾風(オル・フォラータ)』?」


 アイリスが首を傾げるとレイクは知らないか、と言って苦笑していた。


「ユアンの通り名みたいなものさ。……ユアン・ウィングル。ウィングルという名前は風とか翼って意味があるらしいぜ」


 そう言いつつ、レイクは前方で屈伸したり、腕を伸ばしながら身体をほぐしているユアンを見て目を細める。


「元々、ウィングル家は田舎の方の出で、風車を回す仕事をしていたらしい。ほら、今は工場で小麦粉が製粉されているけど、昔は風車を利用して製粉していただろう? ユアンの一族はそれに携わる仕事をしていたんだってさ」


 製粉はこの国で主食となっているパンを作る上では大事な仕事の一つだった。

 今は工場などで製粉されているが、まだ田舎の方では風車や水車による製粉技術が残っており、今も使われているはずだ。


「でも、風車ってやつは風がないと仕事にならないだろう? だから、魔法が使えたユアンの祖先はわざと風を起こして風車を回していたらしいぜ」


「なるほど……」


 レイクの答えにアイリスは頷きながら返事をする。無風で仕事が滞る際には、わざと魔法で風を起こした方が仕事の効率が上がるのは間違いないだろう。


「まぁ、そういう過去のこともあってか、ユアンの一族は風魔法が得意な奴ばかりなんだ」


「でも、どうして『金』なんですか?」


 クロイドも疑問に思ったのか、立て続けに質問をするとレイクは後輩から頼られるのが満更でもないと思ったらしく、にやりと笑みを浮かべていた。


「ユアンの髪色は金色だろう?」


 確かに、ユアンは金髪だ。その色はアイリスよりも濃い金髪で、太陽の光で反射すれば眩しく思えるほどに輝かしい。


「あいつが風魔法を使えば、金髪が風で揺れる。その姿から『金の疾風(オル・フォラータ)』なんて通り名が付いているんだよ。……まぁ、髪を一つにまとめているのは髪が揺れて、風の動きが相手に察知されないようにするためらしいけどな」


 ユアンの髪型はいつも長い髪を頭の後ろに一つにまとめて、丸く結っている。普段は一つにまとめた髪に魔具である杖を髪飾りのように挿していたが、丸めた髪型の理由はそれだけではなかったようだ。


 さすがにユアンと二年も相棒をやっているだけあって、レイクは彼女のことを知り尽くしているらしい。


「とりあえず、ユアンの試合を見ていれば、あいつの戦い方が色々と分かるぞ。……相棒の俺が言うのも何だが、かなり性格が悪いな」


 溜息交じりにレイクがそう呟くと笑い声がレイクの向こう側から一人分聞こえてくる。


「えぇ~? それ、レイクが言うの~?」


 レイクの話をこっそりと聞いていたらしいミカがからかうような声を上げて笑っている。


「いやいや、ミカ先輩! あいつ、爽やかそうに見えて、自分の嫌いなものとか苦手なものに対しては凄く性格が悪くなるんですよ!?」


「喧嘩する程、仲が良いなんて言うからなぁ~。ユアンのレイクに対する姿勢は性格的なものじゃなくって、ただ遠慮する必要性がないから、あんな態度なんだろうと思っているけれど」


「うぐっ……」


 ミカに言われた言葉が的を射ているのか、レイクが何かを飲み込んだように苦い表情をしていた。


「いや、あいつの俺への態度は……」


 そう言ってレイクが言葉を濁しているうちに、試合の準備が完了したのか、試合の進行役を務める者から、声が上がる。


「――それでは、只今から第一試合を始めます。勝敗の決め方としましては……」


 進行役が試合の勝敗の決め方を述べている間、アイリスは試合相手と顔を合わせているユアンの方へと視線を向けてみる。


 真っ直ぐと立っているユアンは右手に白い羽の付いた杖を持ち、そして――愉快なことが始まると言わんばかりの表情で、楽しそうに笑っていた。


「では、試合始め!!」


 進行役が持っている笛が、耳に強く残るような細く長い音をその場に響かせていく。



 武闘大会の一日目、魔法部門の第一試合が今、目の前で開始された。


   


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