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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
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リボン


 若い女性に人気の小物やアクセサリーを売っている雑貨店へとセリフィアを連れて行くと、目を輝かせながら彼女はあっちを見たり、こっちを見たりしながら楽しんでいるようだった。


 ……ブリティオンにもこういう店はあるはずだけれど、やはり家が厳しいと買い物にも行けないのかしら。


 セリフィアは髪飾りを自分の髪色に合うかどうか、鏡を見ながら選んでいるようだ。こうして見ていると、本当に普通の女の子なのに、彼女の背中には色んなものが背負われている。


「ねぇ、ねぇ。アイリスはどっちが僕に似合うと思う?」


 セリフィアの声にアイリスははっと我に返り、彼女の方へと振り返った。彼女の手には花の細工が施してある髪留めが二つ握られている。


「赤と青、どっちの色が似合うかなぁ」


「そうね……」


 アイリスはじっとセリフィアの顔を見つめ、にこりと笑う。


「青の方が似合うと思うわ。あなたの髪色なら、青い方が映えると思うの」


「そう? それじゃあ、こっちにしようかなぁ。……アイリスだったら、赤色が似合うよね。髪飾りのリボンも赤色だし」


 手元の赤色の花の髪留めを棚のもとの位置へと戻してから今度はセリフィアの方がアイリスの顔をじっと見つめてくる。


「確かにあまり意識したことはなかったけれど、赤色が一番好きかもしれないわね」


 思い返してみればリボンも赤だし、スカートも赤系統の色が多い。その一方でセリフィアは自分と似たような顔をしているのに、青色の方が似合うので不思議なものだ。

 その時、ふっと数日前の昼休みのことを思い出す。


「……ねぇ、セリフィア」


 雑貨店の店内には自分達以外に数人の女性がいるため、アイリスは小声でセリフィアに話しかける。


「何だい?」


「数日前に……ユアン先輩に、私と同じ髪型に結ってもらっていたでしょう?」


「え? ……うん、そうだったね」


「どうしてあの時、突然寂しそうな顔をしたの?」


 ゆっくりとセリフィアがこちらを振り返る。


「気付いていたんだね」


 その表情は以前見たものと同じ、寂しげなものだった。


「……僕自身はアイリスとお揃いなのは嬉しいんだ。でも……いくらお揃いをしても同じにはなれないでしょう?」


 彼女は苦笑しながら、手元に残った青い花の細工が付いた髪飾りを光に当てるように傾けて眺めていた。


「それに気付いちゃったら、何だか空しくなっちゃって。僕と君は同じになんかなれないのにね」


 そうやってセリフィアはまた無理に笑顔を作っているように見えた。


「…………」


 今、気付いてしまった。恐らく、彼女は何かに耐える時や自分の意に沿わない時は笑顔を作って自分自身の気持ちを誤魔化そうとしているのだ。

 本当はそうでありたいと思っていることを覚られないように。ひっそりと静かに心の奥底へと隠して。


「……あ、別にアイリス自身になりたいってことじゃないよ? ただ、アイリスのようになれたらいいなって思っただけだから」


「私のように?」


 憧れを持たれるようなことはしていないはずだとアイリスは首を傾げた。


「私、お転婆だし、お節介な人間よ?」


「お転婆ってことは口よりも手が先に出るということだろう? つまり、感情が真っすぐな証拠さ。お節介なのはその相手のことを思って行動しているからで、優しいということに当てはまるんだよ」


「……随分とありがたい解釈ね」


 アイリスが安堵したように苦笑するとそれにつられてセリフィアも苦笑した。今度の笑みは無理やりではなく自然に出たもののようだ。


「あ、こっちのブレスレット可愛い……。うーん、迷うなぁ」


「選ぶのはゆっくりでいいわよ」


 セリフィアにそう声をかけつつ、アイリスが身体の向きを変えた時、台の上に綺麗に並べられた髪飾りの中から一つのものが目に入った。


 濃い青色のリボンだ。刺繍がしてあり、金色の糸で花の模様が描かれている。


「…………」


 それを手に取って、じっくりと眺めてみる。


 ……セリフィアに似合いそうな色ね。


 視線を彼女の方へと戻したが、まだブレスレットを見ているのかこちらを振り返る様子はない。


 ――僕と君は同じにはなれないのにね。


 セリフィアが言った言葉がずっと胸から離れない。寂しさと悲しさと、空虚さが入り混じったようなそんな言葉だ。

 彼女の言葉を強く否定することは出来ない。慰めることだってもちろんしない。自分がセリフィアのために何か出来ることなどないのだと分かっている。

 それでも――。


 アイリスは青いリボンを手に取ったまま、何とも言えない表情でセリフィアの後ろ姿を見ていた。





「ふぅー……。美味しかったぁ……」

 

 セリフィアは背伸びをするように腕を伸ばしながらミルクレープの店から出た。


「あれだけのパイを食べておいて、さらにケーキを二人前食べるなんて……。あなたの胃袋って一体どうなっているのよ」


「美味しいもの食べるのに、胃袋に限界があったら勿体ないだろう?」


 得意げな様子でセリフィアはにっと笑う。


「さて、そろそろ夕方になるし帰りましょうか」


「えぇ? もう帰るの?」


 遊び足りないと言わんばかりにセリフィアは膨れっ面をする。


「もう少しだけ! あ、公園まででいいから少しだけ歩こうよ」


「公園まで? まぁ、それならいいけれど……」


 夕方くらいにはまだ人がいるので安全だが、少しずつ空に夜の色が混じるにつれて、魔物が活動する時間へと近付いてしまう。

 その頃には仕事を終えた町の住民のほとんどは家へと帰るので、昼間は人通りが多い場所も夜になると静けさで満ちてしまうのだ。

 公園ならお互いに帰る場所の中間地点辺りなので、すぐに帰られるだろう。


「今日はありがとう、アイリス。美味しいものはたくさん食べられたし、素敵なお店でいっぱい買い物も出来て、もう満足だよ!」


「それなら良かったわ」


 隣を歩きつつ、お互いの歩みの速さがゆっくりとなっていく。セリフィアは本当にまだ帰りたくないらしい。


「多分ね、僕はこの一日で一生分の楽しい気持ちを過ごしたと思うんだ」


「あら、随分と欲がないのね」


「それくらいに楽しかったってことだよ。もちろん、機会があればまた美味しい店に行きたいって思うけど……。多分、それだけじゃ駄目なんだ。美味しいもの食べても、可愛いもの見ても……きっと一人だと楽しめなかったと思う」


 ぴたりと歩みを止めて、セリフィアは彼女に似つかわしくない微笑みを浮かべた。


「アイリスがいてくれたから楽しさは二倍以上になったし、また遊びに行きたいって思えた。全部、君のおかげだ」


「……大げさよ。それにまたイグノラントに来た時に他のお店にも連れて行ってあげるわ」


「本当っ? また来ても……僕と遊んでくれるの?」


「えぇ、いいわよ」


 そう答えるとセリフィアは自分の胸にそっと手を添えて、どこか安堵したように溜息を吐いた。


「また、来るといいな……今日みたいな日が」


 ぽつりと呟くその姿は「もう二度と来ない」と言っているようにも聞こえて、何故か焦ったアイリスはセリフィアの左腕をがっと掴んだ。


「……どうしたの、アイリス?」


「え? ……あ」


 アイリスの突然の行動に驚いたのかセリフィアは目を丸くしている。


「えっと、その……。あ、これ……あなたに似合うと思って。良かったら、貰ってくれない?」


「えっ……?」


 アイリスは鞄から先程の雑貨店で買ったものを取り出した。紙で包装されたものをセリフィアへ渡すと彼女は目を瞬かせながらそれを凝視する。


「え? えぇっ? アイリスが僕に……?」


 驚いたままセリフィアはアイリスから渡されたものを受け取った。


「使うか使わないかはあなた次第よ。でも、使ってくれた方が嬉しいけどね」


「あのっ、ここで開けてもいいかな?」


「えぇ」


 少し緊張気味にセリフィアは包装紙をゆっくりと開いてく。


「わっ……」


 包装紙の中には金色の糸で刺繍が施された青いリボンが円を描いて包装されていた。


「これを僕に……?」


「一緒に遊んだ記念と言ったら、仰々しいかもしれないけれど……。あなたとお揃いのリボンが欲しかったのよ」


「…………」


 セリフィアは目を細めて泣きそうな顔をした。その手には青いリボンが大切そうに握られている。


「……大切にするよ、ずっと」


 視線をリボンへと向けて、まるで何かに祈るようにそのリボンを自身の額へと当てた。


「ずっと、ずっと大切にする。絶対に……」


「…………」


 その様子が何故か縋るようにも見えた。


「これ、さっそく付けてみてもいいかな?」


「えぇ」


 しかし、すぐにいつもの明るい表情へと戻ったセリフィアは自分の三つ編みを結っているリボンを解いた。

 アイリスが贈ったリボンを大事そうに持ちつつ、三つ編みを緩く結っていく。髪が解けないようにリボンで結い直したセリフィアは満足そうな表情で青いリボンにそっと触れた。


「えへへ……。似合うかな?」


「似合うわ。やっぱり、セリフィアは青の方が似合うわね」


 お世辞ではない、アイリスの本音だと気付いているのかセリフィアは今日一番のご機嫌な笑みを浮かべる。


「ふふっ。……はぁー……。今日のこと、忘れたくないなぁ。凄く楽しかった……」


 しみじみと感慨深げにセリフィアは呟く。その言葉をどういう風に捉えたらいいか分からず、アイリスはじっとセリフィアの背中を見つめた。


「……大丈夫よ。あなたが忘れても、私が覚えているから」


 セリフィアの呟きにアイリスがそう答えると彼女はこちらを振り返り、薄っすらと笑う。夕暮れ色に染まる空にその姿がよく映えて、アイリスの瞳にはまるで物語の挿絵のように映っていた。


「――ありがとう、アイリス」


 その微笑みは自分の記憶の中の誰かと被ったように見えてしまい、アイリスは目を瞬かせる。だが、次の瞬間にはいつもの様子と変わらないセリフィアの姿に戻っていた。


「…………」


 二人は並んで再び歩みを進め始める。その速度は変らず遅いままだ。

 肌寒くはないはずなのに、二人の間を吹き通る風は少し涼やかに感じていた。


    



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