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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
221/782

家の性格

 

「……まぁ、教団のことを探るわけでもなく、ただの嫁候補探しなら、口出しは出来ぬからな。だが、この国にいる以上、この国の法律は守ってもらうし、魔法も人前では使わぬようにしてくれ」


 イリシオスの言葉にセリフィアの表情はぱっと明るくなった。


「僕の滞在を許してくれるってこと?」


「今は観光という名目で来ているのであれば、滞在期間中は己の行動に十分に注意して過ごせと言う事じゃ。約束を破った場合は問答無用で自国へと送り返す」


 少し厳しめの口調でイリシオスはそう言ったが、セリフィアは聞いているのか分からない表情のままで何度も首を縦に振った。


「わぁっ! ありがとう! 僕、まだこの国の食べ物とか食べてなかったし、行きたい場所もあったんだぁ」


 本当に嫁探しに来たのかと疑いたくなる言葉だが、そこはやはり年頃の少女なわけで、気になるものは気になるのだろう。セリフィアは花が咲いたように明るく笑って、はしゃいでいる。


「そういうわけで、アイリスとクロイド。お主達はこの者の見張りを頼む」


「え……」


「この者の滞在期間中、何か教団や一般人にとって悪いことをしでかさないか、見張っていて欲しいのじゃ。……そやつもお主達のことを観察すると言っておるくらいじゃから、勝手に付いてくるかもしれぬが」


「……」


 再び、アイリスとクロイドは微妙な表情で顔を見合わせた。どうやら、セリフィアの自分達を観察するという面倒なことからは逃げられなかったらしい。


 仕方ないと思いつつ、イリシオスからの頼みも無下にできないし、何よりセリフィアの自由行動はかなり不安がある。ちらりとブレアの方を見ると、彼女も同意見なのか、こくりと頷いた。


「……分かりました」


 アイリスが頷くと、セリフィアは更に嬉しそうな表情でぱっとアイリスの両手を取った。


「アイリス達とずっと一緒に居ていいってこと? やったぁ! 町の案内とか宜しくね!」


 まるで子どものようなはしゃぎ方だが、彼女はこの国に来た本来の目的を忘れてはいないだろうか。

 クロイドの方を見ると、アイリスの手を握っているセリフィアを何とも複雑そうな顔で見ている。確かに、彼にしてみれば面白くはないのだろう。


「……とにかく、今日はもう遅い。何をするにしろ、明日からにするんだな」


 溜息交じりにブレアが助け船を出してくれる。確かに外はすでに夜だ。夕飯だって、まだ食べていないし、何より気になることはもう一つある。


「セリフィア。あなた、今日の泊まるところは決まっているの?」


「もちろんっ! ロディアートロイヤルホテルって所に泊まっているよ」


「……」


 確か、国一番の高級ホテルで、国賓や富豪がよく利用しており、朝の支度から寝る瞬間まで色々とお世話してくれる人が利用者一人につき何人も付いていると聞いている。


 その値段は一泊が、自分の給料のひと月分が持って行かれる値段だということはミレットによる情報で知っていた。クロイドもブレアもその高級ホテルを知っているのか、少し引き気味の様子である。


「……それじゃあ、とりあえず今日はそこに帰りなさい。一人で大丈夫か?」


「大丈夫っ! 僕を襲う奴なんてただの愚か者しかいないもの」


 その瞬間に見えた笑みが何故か黒いもののように思えた。恐らく、いざとなれば彼女は魔法を使うのだろう。


「……一般人に魔法を使っては駄目よ? 規律で決まっているんだから」


「むぅ……」


 明らかに不満そうな表情をしたが、決まり事は決まり事だ。守ってもらわなくてはこちらが困る。


「……それなら、出来るだけ気を付けて帰るよ」


「ぜひ、そうして頂戴」


 納得したのか分からないが、セリフィアは頬を膨らませつつ頷いた。年頃は同じくらいのはずだが、セリフィアの表情や仕草はつい、年下の子どものように見えてしまう。


「じゃあ、僕はホテルへ帰るよ。また明日、ここに迎えに来るから」


「……迎えに来るって……。私達、明日は学校が……」


「え? 僕も行くに決まっているじゃん。観察するっていうのは四六時中、君達と一緒にいるってことなんだから」


 何を言っているんだと言わんばかりの顔で彼女は首を傾げている。


「……」


 助けを求めるようにブレアの方を見たが、ブレアはどこか諦めたような顔で横に首を振った。頼ることは出来ないらしい。


「それじゃあ、また明日ー!」


 手を振りつつ、セリフィアはこちらに背を向けて、教会の扉を開いて出て行った。セリフィアがいなくなった途端に、その場に静けさが流れる。


「……明日の夜に予定していた任務は延期か他の奴に回すしかないな」


 深い溜息を吐きつつブレアが頭を抱える。そう言えば、明日の夜に任務が控えていたのを思い出し、アイリスとクロイドは気まずそうな表情を同時にした。


「まぁ、来たものは仕方がない。二人はセリフィアが出来るだけ人の迷惑にならないようにだけ見張っておいてくれ。他の連中にも伝えおくから」


「分かりました」


「──それと、クロイド。少し、お前に話がある」


「え? ……はい」


 ブレアに手招きされたクロイドはアイリスから少し離れた場所へと連れて行かれた。

 ぽつりと、一人その場に残りつつ、セリフィアが去っていった扉を見つめているとすぐ隣にイリシオスが歩いてきた。


「ふむ。どうやら嵐のような娘じゃの」


 溜息交じりに呟いた言葉にアイリスは苦笑する。イリシオスからしてみれば、どんな人間も子どものようなものだろう。


「すみません、イリシオス様。……でも、ブリティオンのローレンス家のこと、御存じだったんですね」


「知っていることは少ないが……。まぁ、本当にこちらのローレンス家と同じ血が流れていたのかと疑いたくなるほど、家の性格は違うからのぅ」


 どういう意味だろうかとアイリスが首を傾げると彼女は小さく笑った。


「……遥か昔、エイレーンの母親が住んでいた『嘆きなき村』に異端審問官が魔女狩りにやってきたことで、何とか逃げ延びた一族がばらばらになった話は知っておるじゃろう?」


「はい」


「エイレーンがこの地へ落ち着いた後も、彼女は各地に散らばった自分の親族を探していたのじゃ。全て、とまではいかぬがある程度の親族と再会することは出来た。ただ、それぞれが自分の新しい生活を手に入れておったから、エイレーンは教団に入ることを勧めはしなかった。……彼女は一族の者が幸せに生きることを願っていたからのぅ」 


 遠くを見つめるようにイリシオスは壁に作られたステンドグラスの絵を見つめていた。


「だが、エイレーン達の寿命が来て、時代がいくつも過ぎ……教団もそれなりの人数が集まっていった。イグノラントも国としての機能をしっかりと果たして、大国の一つとして名を轟かせ始めていた時代に……突如、ブリティオンから使者が来た」


「……」


「それはブリティオンへと逃れていたローレンス家の者だった。こちらのローレンス家は血が分かれた一族との再会に喜んでいたが、ブリティオンの使者はただの再会をしに来たわけではなかった」


 そこで一度、イリシオスは深い溜息を吐く。彼女の中にはたくさんの時代を生きた記憶と感情が詰まっているのだろう。


「……ブリティオンのローレンス家は異端審問官に追い詰められたことを深く根に持ち、純血統の魔法使いこそが魔力無し(ウィザウト)の人間を支配するべきだと考えるようになってしまっていたのじゃ。もちろん、魔力持ちの人間よりも魔力無し(ウィザウト)の方が人口が多い。それはつまり……国を支配することを意味していた。その密かな野望を彼らは教団へと持ち掛けて来たのじゃ」


 その話にアイリスは何となく既視感を覚える。


 ……セド・ウィリアムズ達の話と似ているわ。


 エイレーンを深く信仰し、選ばれし者(シェルティスト)によるもう一つの教団を作ろうとしていた彼らのことを思い出した。


「ブリティオンにも教団と同じような組織があることは知っていた。向こうから相互関係を持ちかけてきていたが、裏に何かあるのではと疑ったわしは、首を横に振り続けていた。そして、その組織の魔法使いの一人がローレンス家の者だったのじゃ」


「……それではブリティオンのローレンス家は、こちらのローレンス家に何をしにきたんですか?」


 この国の魔法使いは魔力無し(ウィザウト)との混合の方が多く、純血統の人間の方が珍しい。教団が作られた当時はそれなりに純血統の人間も多かったらしいが。


 だが、魔力無し(ウィザウト)との血の混合は当時のローレンス家も例外ではなく、決して純血統というわけではなかったはずだ。それはブリティオンの魔法使いの方針に反するのではないだろうかとアイリスは疑問に思った。


「……こちらのローレンス家と純血統の人間を向こうに連れて行こうとしたのじゃ」


 イリシオスの瞳はどこか冷めているように見えた。


「思えば、あの頃からローレンス家の血の結集は始まっていたのじゃろう。そして、純血統の人間を集める理由……。これはあくまで、噂で流れて来た話じゃ。信ぴょう性は低いが……それでも聞くか?」


 イリシオスの容姿は自分よりも年下なのに、挑むようなその瞳は幾千の修羅場を越えて来たようなそんな人間の瞳をしていた。


「き……聞きます」


 名ばかりとは言え、自分はもう「ローレンス家の現当主」だ。家に関わることは、どんなことでも聞いておかなくてはいけない。アイリスが身を乗り出すようにそう言うと、彼女は静かに頷いた。



「遥か昔、わしが生まれた頃か、それよりもずっと昔の話じゃ。ある一人の魔法使いがいた」


 その語り口調はまるで、自分が昔読み聞かせてもらった絵本の冒頭のような始まり方だった。


   

    

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