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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
花の意志編
220/782

探求心


「……あれがブリティオン王国のローレンス家の者か」


 どこか呆れ顔のブレアが溜息交じりに言った。


「ブレアさん……。すみません、自分達では判断出来なかったので……」


 アイリスは申し訳ない表情でブレアに小声で謝る。連れて来たセリフィアの方をちらりと見ると、彼女は物珍しそうにステンドグラスを眺めていた。その様子をクロイドが厳しい目で見張っている。



 自分でもどうしてこうなってしまったのか分からない。

 セリフィアは自分達を暫くの間、観察すると言い張り、自分達が迷惑だからと断っても、首を縦には振ってくれなかった。


 どうすればいいのか迷ったアイリスはとりあえず、ブレアに連絡を入れて、相談してみようと思い、公衆電話からサン・リオール教会に電話をして、そこから内線で魔具調査課室にいるブレアへと繋げてもらい、起こった出来事を説明した。


 ブレアも困った口調で悩んでいるようだったが、ブリティオン王国のローレンス家のことが気になる、ということで人目が付かない場所で落ち合うことになり、結局教会までセリフィアを連れてくることになってしまったのである。



 すっかり夜の時間になっているため、教会の扉は閉めてあることから参拝者はもちろんいない。灯りも付いていないため、窓からもれる月明りだけがその場を照らしていた。


「それにしても、まさかローレンス家がブリティオンにもいたとはな……」


 独り言のようにブレアは呟く。どうやら彼女も知らなかったようだ。


 ……セリフィアは、私の家と婚姻を結ぼうとしていたって言っていたわ。つまり、代々の当主はブリティオンにもう一つのローレンス家があったことを知っていたということ?


 一人で悩んでも仕方がないと分かっているが、今は家族が亡くなっているため、その事実を聞くことは出来ない。


 ……でも、血が分かれて随分経つのに、どうして婚姻を今まで結んだことがなかったのかしら。もう、何百年も前の話なのに……。


 やはり、その辺りの話は直接、セリフィアに聞いた方がいいだろうか。そう思った時、一般人は侵入不可の教団へと繋がっている教会の奥の扉が開いた。


「──待たせたな」


 扉の奥から現れたのはこの教団の総帥でもあり、不老不死の身でもあるイリシオスだった。先日、会った時と変わらない姿だが、アイリス達の方を見ると幾分表情を和らげて見せているようだった。


「すみません、先生。ブリティオンや昔のことはあなたにお聞きした方が早いと思いまして。……結界は張っていますので、ご安心を」


 ブレアが軽く頭を下げたため、アイリスとクロイドも同じように倣った。ただ一人、セリフィアだけはイリシオスのことを誰だろうという瞳で見ている。


「こんばんは、イリシオス様。……すみません、私とクロイドだけでは判断出来なかったので……」


「構わん、構わん。何、久しぶりにお主達の顔を見られて良かったよ。……それで、そっちの娘がブリティオンのローレンス家か?」


 12歳くらいの少女に見える外見を持つイリシオスを見て、セリフィアは首を傾げていたが何かに気付いたのか、ぱっと表情を明るくした。


「わぁ! もしかして、あなたが教団の総帥で、不老不死って噂のイリシオスって人かな? 僕はセリフィア・ローレンス。初めまして」


 セリフィアはにこりと笑って、イリシオスに向けて右手を差し出した。


「あ……」


 嫌な予感がしたアイリスが思わず呟いたが、それよりも早かったのはブレアの動きだった。ブレアはすぐにイリシオスとセリフィアの間に割って入り、イリシオスを背で庇うようにしていた。


「……アイリス達の報告で聞いている。君は触れることで相手の情報を得る魔法を会得しているのだろう? 教団の総帥であるこの方に易々と触れられると思うな」


 怒っているわけではないが、強めの口調でブレアは言い放つ。


「やだなぁ、心外だよ? ただの挨拶じゃないか」


 セリフィアは口を尖らせて、手を下ろした。


「──まぁ、良いではないか、ブレア」


 ブレアの背に隠れるような形になっていたイリシオスはひょいっと陰から顔を出す。


「だが……」


 それまで笑っていたイリシオスはふっと、真顔へと変わった。彼女に魔力はないはずだが、それでも空気が一瞬で張り詰めたものへと変わっていくのが感じられる。


「お主の十数年が、わしの千年をそう容易く理解できると思わぬことだな」


 とても低く、心臓を突き抜けるような声だった。思わずこちらまで寒気がするほどに、冷たい声。

 セリフィアは何か言いたげな表情をしたが、すぐに口を噤み、今度は不機嫌そうに口先を尖らせていた。


「ふぉっふぉっふぉ。まぁ、どのような経緯でお主がここに来たのかは大体、予想は付いている。……だが、教団の情報はやらぬよ」


「なっ……」


 セリフィアがぽっかりと口を開けて、抗議するような瞳をイリシオスへと向けた。イリシオスは状況が掴めていないアイリス達の方に身体を向けた。


「昔から、いつも同じようにブリティオンから使者が来ておったのじゃ。向こうにも魔法使いによる組織が存在していてな。教団が得た魔物や魔法についての情報の交換を求めてきていた」


「……」


 イリシオスの話に身に覚えがあるのかセリフィアはじっと黙って、目を逸らしているようだった。


「それだけなら、まだいいが向こうに魔力無し(ウィザウト)の血が入っていない純血統の人間を寄こせと言ってきたものだから、わしはすぐに首を振って、一切の交流をしないようにした。……まぁ、向こうは諦めきれずに何度も使者を寄こしてきたがのぅ」


 アイリスはクロイドと顔を見合わせる。彼も同じように複雑な表情を浮かべていた。


「……まだ、純血統の人間を集めているということは、何か複雑な魔法でも使う気なのか、それとも──純血統だけの国を作るつもりか。はてさて、どちらかのぅ、ブリティオンの魔法使いよ」


 探っているのか、それともからかっているのかは分からないが、イリシオスの言葉にセリフィアはぷっくりと頬を膨らませた。


「さぁね、僕はただのローレンス家当主の妹っていう身分だけだから。……でも、もう純血統の人間は集めてはいないと思うけどな。そういう話はあまり聞かないし」


「まぁ、知っていても敵方となりえるこちらに話す義理はないからのぅ。ふぉっふぉっふぉ」


 やはり、年の功なのか話を聞いているとイリシオスの方が一枚上手のように聞こえてくる。


「……それで、君は話に聞いたところ、ブリティオンのローレンス家当主の花嫁候補を探しに来たらしいな?」


 眼鏡をかけ直しつつ、ブレアが話を元に戻す。


「うん、そうだよ。僕の家の当主は代々、ローレンス家の血が流れている者を集めていく義務があるんだ。ブリティオンにいるローレンスの血は大体集まったから、今度はイグノラントの方に集めに来たってわけ。本当は、同じ『ローレンス家』と婚姻が結べれば、最高なんだけれどねぇ」


 そう言ってセリフィアはこちらを見たのでアイリスはすぐに首を横に振った。もちろん、お断りである。


「ふむ……。まぁ、婚姻に関しては個人の自由だからのぅ。わしが色々と言うわけにはいくまい。だが……それなら、別の者を探せばいいではないか。アイリス達には断られたのじゃろう? 固執する理由はないはずじゃ」


 イリシオスは細い腕を組みつつ、彼女よりも背の高いセリフィアを見上げる。


「うーん、そうなんだけれど……。個人的にアイリス達のことをもっと知りたいなぁって思ったんだ」


 それまで、ふざけているように見えていた表情はふっと真面目なものへと変わった。


「別にアイリス達から教団の情報を聞き出そうっていうわけじゃない。ただ……個人的に彼らが気になったんだ。もっと、話がしてみたい。どんな人間なのか知りたい。そういう探求心の欲求、かな」


「ふむ……」


 腕を組んだまま、イリシオスがちらりとアイリス達の方へと視線を移し、そして再び溜息を吐きながらセリフィアの方へと戻した。

   

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