料理
この孤児院では食事もシスター達が作る事になっている。
そして、子ども達も当番制で数人が手伝うことになっており、いつか独り立ちする時が来ても困らないようにするために自主性を育てているらしい。
厨房にはシスター服姿のアイリスとクロイド、そして子どもの当番であるメドル、トルトとローラが並んで立っていた。子ども三人は孤児院の中では年長組であるらしく、何度も料理を手伝っているとのことだ。
しかし、料理をする前になって、アイリスがぽつりと一言を零した。
「……私、料理をした事が無いのだけれど」
袖を捲りつつも、首を傾げたままのアイリスが発したその一言に厨房にいる全員がぴたりと固まる。
「アイリスお姉ちゃん、料理出来ないの?」
「……で、出来るわよ! ……紅茶……とか」
「それは淹れるものだ」
アイリスの呟きに対して鋭い突っ込みを入れてきたクロイドはすでに玉ねぎの皮を剥き始めていた。
今日の献立はシチューとパンだ。質素だが栄養が上手く摂れるように献立は工夫されている。
「それじゃあ、メドルは人参の皮を剥いて。トルトとローラはじゃがいも」
手馴れたように料理の作業を言い渡していくクロイドの横でアイリスは自分を指差す。
「クロ……ロイ、私は? 私は何をすればいいの?」
一瞬、クロイドは眉を寄せて考える。
考える程のことだろうか。
「……皿並べ?」
「それは料理では無いわ!」
クロイドのまさかの答えに、アイリスはつい声を荒げる。皿並べなど料理が出来ない子どもだって出来ることだ。どうやら、彼は最初から自分に料理の腕を期待していないらしい。
確かに、教団の食堂を普段から利用しているため、料理をする機会はほとんどないと言ってもいいだろう。だが、そこまで料理が出来ない扱いをされると、拗ねてしまいそうだ。
「それなら炒めるのと切るの……どっちが出来るんだ?」
「どうして出来るんだ、なのよっ。……じゃあ、切る」
まな板と包丁を渡されたアイリスは包丁を右手に持つと、その刃を裏表に返しながら、どういう風に包丁を使うのかを考え始める。
それを見ていたクロイドが呆れたように横から口出しして来た。
「……まな板の上で野菜を切るんだぞ」
「し、知っているわよ!」
剣を扱うのには慣れているが包丁は初めてだ。アイリスが反論するようにクロイドに対して言い返すが、彼はまだ呆れた表情をしたままである。
「切った野菜はボウルに入れておいてくれ」
「あ、アイリスお姉ちゃん、包丁の持ち方が違うよー」
次々と飛び交う自分へ向けられる言葉にアイリスはただ従うしかなかった。
「もうっ。皆、私の事を馬鹿にし過ぎよ! 切るくらい出来るんだから」
そう言うとアイリスは皮が剥けた玉ねぎを空中へと投げやり、包丁を縦横に素早く線を入れるように切っていく。
アイリスの剣筋によって千切りに切られた玉ねぎは全て、ボウルの中へと吸い込まれるように綺麗に入っていった。
「……ど、どう? ちゃんと出来たでしょ?」
少し照れるアイリスにその場の全員は一斉に声を上げる。
「それは違う」
「それじゃないよね」
「うん、違う」
「え? え?」
クロイドを筆頭に三人から否定の言葉を受けたアイリスは何が不満なのだと言わんばかりに唇を尖らせた。
無言のままローラが剥き終わったじゃがいもをまな板の上へと置いたため、アイリスは次にそれを手に取った。
「だって、まな板の上で切ったし、ボウルにもちゃんと入れたし……」
「まず切り方が違う。普通の人はそういう風には切らない」
「えー……?」
クロイドに指摘された点に反論するように、声を上げつつもアイリスは手に取っていたじゃがいも数個を再び空中へと投げやる。
それを先程と同じように包丁で縦横に、目に留まらぬ速さで切っていけば、それらは全てボウルの中へと綺麗に収まった。
「……もう、これで良いか」
クロイドが深い溜息を吐く。
諦めたのか、呆れているのか。その場の皆は溜息を吐きながらアイリスを見ていた。
「まあ、綺麗に切れているし」
「じゃあ、人参も切っちゃってよ、アイリス姉ちゃん」
「え、ちょ……何が違うの? ねぇ! 教えなさいよっ!」
その日の夕食後、厨房で起こったアイリスに関する話を聞いた他の子ども達はアイリスのことをひっそりと「厨房の剣使い」と呼ぶようになっていた。
それから暫くの間はアイリスの真似をして包丁を剣のように持つ子どもが増えたため、シスター・マルーからお叱りを受けることとなり、更にアイリスは厨房で包丁を扱うことを厳禁とされてしまうのであった。




