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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
偽りの婚約編
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予感

 

 エリオスからブルゴレッド家について忠告されてから、数日経ったが、今のところ大きな動きはなかった。

 完全に安心しているわけではないが、普段と変わらないように過ごすのはそれほど難しいことではない。


 一つ変わったことといえば、リンター孤児院の子ども達とよく学校の帰り道に話したり、少しだけ学校の運動場で遊んで帰るくらいだ。

 子ども達は広い運動場で遊べるのが嬉しいのか、新しく出来た友達を誘ったりして、鬼ごっこやボール遊びを楽しそうにしていた。


 任務が夜に控えていない時だけ、アイリスとクロイドはその場に残って、少し離れた場所から子ども達を見守り、帰る時間になれば教えてあげて、途中まで一緒に帰る、ということが常になり始めていた。

 たまにだが、レイクやユアン達も加わってきたりもしたので、子ども達はさらに喜んだ。


 そうして、穏やかな日々に不安を抱えつつ、過ごしていく。

 恐らく、クロイドは自分が胸に秘めている不安を覚っているだろう。だが、敢えて何も言わずにずっと傍に居てくれる。それが嬉しくも心苦しかった。



 いくつかの日々が過ぎた日だった。昼休みが終わる10分程前だっただろう。クロイド達はすでに教室へと戻っており、一人で学校の図書室から出て来たところをジーニスに待ち伏せされていた。


「やぁ、アイリス」


 軽い挨拶はいつものこと。

 無視をしようとしたが、何だか今日はジーニスがたまに会う時よりも嫌な笑みを浮かべていることに気付いた。


「それで、そろそろうちに来てくれる気にはなった?」


「……何度言われてもあなたの家には行かないし、ブルゴレッド家とは婚約はしないわ」


 低い声で真っすぐと突き返す。


「私はあなた達のものにはならない。……絶対に」


「それは君だけの意志だろう?」


 にやり、と彼は笑う。


「いいのかい? 今、君から良い返事を貰えないと、きっと君は後悔することになるよ」


「……」


 やはり、何か企んでいるようだ。


「どんな手を使われても、私は絶対にブルゴレッド家の言いなりにはならない。……遺産だってあなた達に奪われるくらいなら、どぶ川にでも捨てた方がましだわ」


「わぁ、言うねぇ」


 くっと喉を低く鳴らしながらジーニスは愉快そうに笑う。それが逆に不気味に見えて、アイリスは眉を深く寄せた。


「でも、残念だ。君は聡明なのに……選択肢を間違えてしまった」


「何ですって……?」


 すっとジーニスの手が自分の方へと伸ばされたため、アイリスは二歩、後ろへと素早く下がる。

 ジーニスはそれ以上、手を伸ばすことはなく、空を掴んだ手を見つめて、そして不気味な笑みを浮かべる。


「もうすぐ君はブルゴレッド家のものだ。せいぜい、その泡沫の関係を今の内に楽しんでおくんだな」


 そう言って彼は踵を返す。アイリスはその背中を睨みつつ、自分の胸に手を当てて深い呼吸を繰り返した。


 ……何か、起きようとしている。


 それだけははっきりと分かる。ジーニスは、いやブルゴレッド家は何かを企んでいる。それだけは間違いない。

 喉につっかえるような吐き気を抑えるようにアイリスは暫く深呼吸していた。




 ジーニスに昼間言われたことを話そうとしていたが、ミレットは急ぎの仕事があるらしく、授業が終わり次第、即座に帰ってしまった。

 さらにクロイドは何故か先生に呼び出されてしまったため、アイリスは一人で寮に帰るか、それともクロイドを待つかで悩んでいた。


 ローラ達も授業が終わって運動場で遊んでいる頃だろう。そちらの様子を見に行った方がいいだろうか。


 教室の自分の席に座り、窓の外を眺めていると静寂に満ちていた教室に足音が響く。

 ふっと顔を上げて振り向くと、そこには見知らぬ女生徒がいた。茶色の髪を一つに結び、顔立ちもそれほど特徴あるものではない。


「あなた、アイリス・ローレンスさん?」


「……えぇ、そうだけれど」


「なら、良かった。あなたの知り合いの初等部の子から伝言を預かっているの。今すぐ裏口の方に来て欲しいって」


「裏口? 校門じゃなくって?」


 初等部の知り合いはリンター孤児院の子ども達しか知らない。

 だが、リンター孤児院の子ども達がいつも使っているのは昇降口が近い校門の方であって、人通りが少ない裏口などを彼らが使っていた覚えがない。


「えぇ、裏口って言っていたわ。急いでいるようだったから、すぐに行ってあげるといいわよ」


 女生徒は抑揚ない声でそう言った。


「え、あの……」


 アイリスが聞き返す前に、その女生徒は踵を返して教室から立ち去ってしまう。再び、一人となった教室に静寂が訪れた。


 ……裏口は運動場からなら近いけど。


 もしかすると、子ども達に何か問題が起きたのだろうか。だから、自分を呼んでいるというなら、頷ける。


「……」


 アイリスは鞄からノートを取り出し、一枚だけ破った。そしてそこにクロイド宛に簡単な手紙を書く。



 ――リンター孤児院の子ども達に何かあったみたいなので、裏口へ行ってきます。すぐに戻るので待っていてください。  アイリス



 短い文章の手紙をクロイドの席の目立つところに置いた。


「……荷物はまぁ、いいか」


 金目の物も魔具もこの鞄には入っていない。盗まれるようなものはないので、置いたままで大丈夫だろう。クロイドもすぐに戻って来るはずだ。

 すっと、立ち上がり、アイリスは少し早足で教室から出た。


   


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