期待
ちらりとアルティウスの方へ視線を向ける。王子様が子どもに本の読み聞かせをするなんて、想像できなかったが、これはこれで良い経験になればいいと思う。
誰かのために、何かをする。
恐らく、それが一番よく分かっているのはアルティウスのはずだ。
暫くすると、シスター達がお茶の準備をしてから広間へと戻ってきた。おやつの時間にするらしく、子ども達が嬉しそうな表情を浮かべて長い台へと集まり、自分達の席へと座る。
手土産として買ってきたクッキーは子ども達が好きな味だったらしく、あっという間になくなってしまった。
今度は材料を買ってきて、一緒に試行錯誤しながら作るのもいいかもしれない。自分は料理が苦手なので、事前に作り方から勉強しなければならないだろうが。
和やかな空気の中でお喋りに興じるシスター達や子ども達、そしてユアン達を静かにアイリスが眺めていると隣に座ったアルティウスが小さく笑った気配がした。
「やっぱり、アイリスさんって、面白い人ですね」
「え、何? 唐突に……」
「表情がころころ変わって、見ていて楽しいです」
どうやら、いつのまにかアルティウスに自分の表情を観察されていたらしい。それはそれで、かなり気恥ずかしいため、アイリスは観察していたことを咎めるように唇を少しだけ尖らせながら答えた。
「……そんなに表情が豊かな方じゃないわよ。それなら、あなただってよく笑うじゃない」
「ええ、楽しいですから」
アルティウスから返されたのは、表情とは正反対の静かな言葉だった。
「きっと、こんな機会は二度とないでしょう。……だからこそ、短い時間の中で、僕は色々なことを見つけなければならないんです」
「……満足は出来た?」
「本当のことを言うと物足りないくらいです。それほど、この国は様々なもので溢れています。……神にでもなれば、この国に住まう人々のことを理解できるのでしょうけれど」
「神様にでも、きっと無理よ」
すっぱりとアイリスが言葉を切ると彼は意外だと言うように目を丸くした。
「国中の人々の感情や考えを理解しようとすれば、それこそこっちが容量不足でどうにかなってしまうわ」
紅茶をくいっと飲み干し、アイリスは顔を上げる。
「結局、人の感情を理解して、望みを叶えられるのは人だけよ。人の力が及ぶ範囲で、ね」
「……」
「だから、あなたはあなたの出来る範囲で頑張ればいいのよ。別に無理して、自分の力以上のことをやる必要なんて、ないわ」
彼がこれからどのような政策を取りたいと思っているのかは知らないが、色々な考えを張り巡らせ、実現出来るように頑張っているのだろう。
「それでも、人は僕に期待する……。どのようなことであれ、期待させてしまうんです」
「あなたも中々難しい立場なのねぇ……」
溜息を吐きつつ、アイリスは苦笑する。
「でも、期待と希望は違うわよ」
「え?」
「実力があるから、期待はされる。でも希望は……相手がそうなって欲しい、こうして欲しいという願いが含まれているものよ。そこを見極められればいいんじゃない? 大体、希望を押し付けてくる奴は自分の都合しか考えていないもの」
「難しい……ですね」
「でも、その難しいことが交差される場所であなたは逃げずに戦っているんでしょう。十分に頑張っているって言えるわよ」
色々と努力してきたのだろう。
他人から認められるために、他人の生活のために。
……努力する方向はクロイドとは違うけれど、やっぱり似た者同士なんだわ。
「私は何も出来ないけれど、応援しているわ。頑張り過ぎて身体を壊さないようにだけ、気を付けてね」
「……ありがとうございます」
貴族の願望をあしらうのにも、労力がいるのだろう。
でも、きっとアルティウスなら大丈夫だ。彼がイグノラント王国の国王になれば、きっともっと物事が上手くいくような気がしていた。




