第90話 薬草採取のはずがお父さんが呼ばれた
この前のパン屋の売り子をして以降、私たちは週に2回程のペースで冒険者活動をしていた。
冒険者活動と言っても、街中でやる活動はほとんどがアルバイトと大差ないような内容だけどね。
冒険者になることについては、私はもちろんのことエリーもアイリも両親からちゃんと許可をもらっているので問題ない。
貴族の子どもが冒険者活動することによく許可が降りたなあと思ったら、昔、建国した王様が冒険者をやっていたことが関連するらしい。
なんでも貴族でも民衆の仕事を知ることが尊重されてたり、魔物の大群暴走や他国から侵略などの有事の際、自ら戦場に立って指揮したり戦ったりするための実践的な武力を身に付けるということが美徳とされている文化があるようだ。
だから受付嬢のサラさんみたいに武闘派の貴族であれば強いということには納得だ。強くて家族思いでお父さんみたいなイケメンに出会いたくて受付嬢になったっていうのは破天荒だと思うけど。
いつもの通り、私たちは週末のお茶会で次はどんな依頼を受けるのか話し合った。
「次はどんな依頼を受けよっか?」
「そうねえ、アタシは薬草採取の依頼を受けてみたいわ。できる冒険者っぽいじゃない」
「良いですわね。私も賛成ですわ」
なんと二人とも薬草採取をお望みだ。
「薬草って外壁の外にある森に生えてるみたいだし、外壁の外は魔物が出るけど大丈夫?」
魔法の訓練やってるし逃げるだけなら何とかなるとは思うけど、まだまだ全然自信がない。
ぶっちゃけ魔物は怖いので、もっと自信がつくまであんまり行きたくない。
「別に平気でしょ? 多くの冒険者が毎日狩ってるんだし、スライム程度ならやっつけるなり逃げるなり余裕でしょ?」
「そうですわ。角ウサギは不用意に近づかなければいいのではなくて? それに平原狼は森にはいないって聞きますわ」
「そうだけど、森には猪とか熊とか普通の野生動物もいて結構危険だよ?」
二人して行きたいオーラ全開にどう言おうか悩んでると、毒舌美少年執事のスチュアートさんが口を開いた。
「ふむ、ならば外壁の外で活動するための知識を学び、訓練して自己防衛ができるようにする、というのはいかがですか? 軟弱者が準備も覚悟もなく外壁の外に出るなど命の無駄でございますので」
正論だけど、さすが毒舌!
言い方がきつい!
辛辣!
「分かりましたわ。では講師を呼ぶとしましょう。私は早く薬草採取の依頼を受けたいので、3人でみっちり短期集中コースですわよ! スチュアート、さっそくお父様に許可をとって手配なさって!」
「かしこまりました」
「わー、エリーが燃えてるわー……」
「だね……」
私は将来世界旅行をしたい。
そのために、そのうち冒険者の技術的なことを学ぼうと思ってたからやること自体は全然いい。
だけど短期集中コースって嫌な予感がする。こういうのって相場で大変だって決まってる。
だからこれだけは言わせて。むぁーん。
数日後、私たちはエリーのお屋敷に集まった。
もう馬車での移動ではなく普通に自分の足で通ってたりする。
いつまでも迎えに来てもらうのは悪いし、何より高級な馬車が家の前に来るとか目立ってしょうがない。
そんなわけで一人で王都観光するようになった頃、エリーのお屋敷までの道を覚えたのだ。
かかる時間はちょっと小走り程度で数十分だ。小走りと言っても前世の走る速度より断然速いと思う。
そんな速度だというのに今の私はこの程度なら息が上がらないどころか汗すらかかない。獣人の身体能力と体力マジ神がかってる。
え? なに? 女の子なんだからもっとおしとやかにって?
大丈夫。汗かかないし息切れもしないし、小走りと言っても埃をたてるような激しい動きはなく、猫のように柔らかい足取りだし澄まし顔だし!
まあそんなことは置いといて、今の私はハテナマークを頭に浮かべてる。
「紹介しますわ! 冒険者の講師、ケイン先生ですわ!」
隣のアイリは鼻息を荒くしてる。
アイリのことだからお父さんのイケメンさに興奮してるんだろう。当然今の私はハテナマークが浮かんでるくらいなのでスルーだ。
「王都騎士団第3部隊、警備隊長のケインです。この度はファーレンハイト家ご令嬢のエリザベス様とムーンライト家のご令嬢アイリーン様、そしてうちのかわいい娘のフラン、以上3名に対して冒険者の基礎知識と訓練を行うことになりました」
「え!? も、もしかしてお父さんってもしかしてすごく偉いの?」
「え!? あの超イケメンのケイン先生ってアンタのお父様なの!?」
お父さんのお仕事は王都を守るお仕事としか聞いてなかったので、肩書きを聞いて驚いた。
アイリは私の言葉に驚いた。
「そうですわ、第3部隊のトップだから当然ですわ。そのすごい方がフランのお父様なのですわ」
「エリザベス様、第3部隊は対魔物をメインとした部隊だし、冒険者上がりの平民が多いから実際はそれほど偉くはないですよ」
「あら? そうですの?」
「はい、色々とあるんです」
「そう。まあいいわ。とにかく、先生は現役【アダマンタイト】冒険者でもあるから、私たちの大先輩ですわ。その先生からの教えなら間違いありませんわ」
お父さんは夜勤の場合も結構あるのに家では疲れた様子は見せない。
でも、私の前世は過労死だと思うので、お父さんにあまり負担をかけたくない。夜勤とかいう徹夜は絶対体に悪いし。
そう思ってたこともあって、お父さんには運動に付き合ってもらうのはあんまりしてもらってない。私が遠慮するとお父さんは若干残念そうな顔をするけど、お父さんの健康第一だから仕方ない。
だからこうしてお仕事としてでも直接教えてもらえるのは嬉しいんだけど……。
「そっか。でもなんで私たちの先生やることになったの? お仕事は平気なの? そんなので大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない」
「っ! ぷふっ! ごめんなさい、ちょっとくしゃみみたい……くっ……」
お父さんがドヤ顔で返すと、アイリは笑いを誤魔化しながらどうにかこらえようと頑張ってた。
きっと何か琴線に触れたんだろう。
「アイリはいつものやつですわね。説明は私から。簡単に言えば、マリアンナ先生に優秀な冒険者を紹介してもらったのですわ。そしてマリアンナ先生が最も推す冒険者をお父様にお願いしてケイン先生に時間を作っていただいたのですわ」
わーお、権力だ権力。
「魔法についてはマリアに任せてるけど、冒険者については俺が教えたかったからちょうどいい要請でした。エリザベス様、ありがとうございます」
「礼には及びませんわ」
ところで、さっきから気になって仕方ないことがある。
「お父さんが丁寧な言葉で話してるとすごく変だよ」
「ひでえ」
や、中世ヨーロッパっぽい時代と階級社会だから、子どもであるエリー相手にも丁寧に接する必要があるし、頭を下げないといけないのは分かるんだけどさ。
でも、なんかこう、普段と違うお父さんって慣れない。
「そうかしら? カッコいいじゃない。それに声も声優並みにイケボよ。巨大ロボのパイロットとかバスケしてそうね」
「そうですわ。後半はよくわからないけど同意ですわ」
まあお父さんすごくイケメンだし声もいいしね。
こうして薬草採取という外壁の外でする初歩的な冒険者活動のために、王都の警備隊長かつ【アダマンタイト】冒険者であるお父さんを先生に招くという、実に贅沢なことをするのだった。
次回更新は3/15(木) 19:00の予定です。




