第89話 ベーコンパン
私たちはお仕事の内容を聞く。難しいことはなさそうだ。
私たちはお店に用意してある売り子のエプロンを着て、店前で呼び込みを開始した。
いろんな冒険者が来るからか、ある程度のサイズは用意してあるようだ。
売り子のエプロンはいろんな人が着ていたと思うけど、きれいに洗ってあるので汚くなかった。スーさんはエリーのことを考えてかちょっと気に入らなさそうにしてるけど、エリーはまったく気にしてない。さすが公爵令嬢。器が大きい。
ちなみに私のエプロンは前面と背面側(というかお尻側)を分けることができるので、当然背面側はそのまま付けてる。ワンピースやドロワーズにはしっぽ用の大きな切れ込みがあるから、後ろのは付けとかないと最悪中身が見えちゃうし。
自分で言うのもなんだけど、私たちは可愛いので売り子にはもってこいだ。
すぐに多くのお客さんがお店にやってきた。
店内には店員さんもいるけど会計が回らないので、私たちは交代交代で会計も手伝った。
店員さんは私たちのような子どもがそろいもそろって計算できたのですごく驚いてた。
ちなみにメイドのスーさんは私たちの仕事の邪魔にならない程度に手伝ってくれてる。エリーのメイド兼護衛が最優先だからほどほどにだけどね。
スーさんが手が空いたときであれば手伝うことでおじさんに了承はもらってる。エリーが貴族だと察して若干顔が引きつってたけど。
「フランちゃん、もう少しでお昼だろ? 新作の創作パンを作ったんだけど、良ければ食べてみるかい?」
「え!? 新作なのにいいの!? 食べる! どんなパンなの!?」
依頼の特記事項にあったお昼ごはんにパンが出るって書いてあったけど、創作パンとは思わなかった。
創作パンは気になるけど1つで安くても鉄貨4枚、最高で銅貨2枚はするので自分ではほとんど買わない。
だいたい400~2000円と考えれば、簡単には手が出ないって分かってもらえるよね?
正直、2000円のパンって何よと思う。
でも、魔物がいるこの世界では広大な敷地の確保が非常に難しい問題なので、何だかんだと主食になる小麦以外の食材は割高でそれくらいはしちゃうらしい。
一方、お肉になる魔物はどこからともなく絶えず湧き続けてるので、穀物や野菜と比べてお肉は思ったほど高くない。
そんな高価なパンであっても、中世ヨーロッパっぽい時代だからか、代わり映えのない日常のなかでは非常に目立つ。
毎日どんな創作パンが出てくるのかはパン屋のおじさんの気分によるけど、間違いなくリピーターはいると思う。
でなきゃ冒険者雇ったり毎日創作パン作るだけの資金はないだろう。
と、前置きしたけど、とにかく非常に気になるのだ。
「いやな、エリザベスちゃんからいいアイデアをもらってさ、まあ楽しみにしててくれ。で、一つお願いなんだが、店の前に椅子とテーブルを出すからそこで食べてくれないか?」
「客引きの宣伝のため、だよね?」
「ああ、そうだ。別に無理して演技なんてしなくていい。普通に食べてくれればな。あ、でもなるべくならゆっくり食べてもらえると助かる」
「パン屋のおじさま、分かっていらっしゃいますわね」
「まあな」
「ねえ、アタシたちも新作の創作パンをもらえらるのかしら?」
アイリはちょっと恥ずかしそうにもじもじしながら尋ねた。
アイリの期待にパン屋のおじさんは快諾だ。
「もちろんだ。みんなの分も作ってるさ。メイドさんの分もあるぞ。メイドさん、エリザベスちゃんにも食べてもらいたいんだが構わないかい?」
「ええ、問題ありません」
こうして私たちはお昼休みに3人でお店の前でお昼ごはんをとることになった。
通行人に宣伝だ。
スーさんはもしお客さんが来たときのため、と言うのもあるけどいつも通りエリーの食事中は待機してる。
どこから持ってきたのか持ってたのかは分かんないけど、いつの間にか数人分のティーカップと紅茶を準備していたのには驚いた。
そしておじさんが運んできた新作の創作パンは、ベーコンパンだった。
匂いからしてお肉が入ってるのかもと期待してた通りだ。
私の目はベーコンパンに釘付けだ。
「ほら、これが新作のベーコンパンだ」
「まあ!」
「ベーコンがカリカリしてて美味しそう!」
「見た目や焼き加減が絶妙ね!」
「だろ? 実を言うとな、エリザベスちゃんからリクエストがあったんだよ。フランちゃんはお肉が好きだから、ベーコンとか入れたパンを作れないかってな。正直びっくりしたさ。蜂蜜やミルク、木の実なんてのは試してみたが、肉の発想は無かったな」
なんとエリーは私のためにパン屋のおじさんへリクエストしていてくれたなんて!
ベーコンパンは前世では普通にあったパンだけど、言われてみればこの世界では初めて見たかも。
「さすがパン屋のおじさま。素晴らしいですわ」
「よせやい、照れるぜ。それほどでもあるけどな」
「エリー、おじさん、ありがと! とっても嬉しいよ!」
「さ、せっかくのパンが冷めないうちに食べてくれ」
私は食べる前からすっかり上機嫌だ。
「「「日々の糧をお与えくださりありがとうございます。いただきます」」」
目の前にはベーコン入りの黒パンと白パンが並べられている。
私はかぶりつきたくなる気持ちを押さえ、まずは黒パンをベーコンと一緒にちぎり、口に運ぶ。
「おいしー!!」
美味しいものを食べるとホント語彙力がどこかに行っちゃう!
ベーコンパンはめっちゃ美味しい!
パン屋のおじさんすごい!
「フランはベーコンパンが好きなフレンズなんだね!」
「フランの笑顔は癒されますわね」
「二人とも食べてみてよ! ホントに美味しいんだよ!」
時々アイリが前世の何かのネタと思われることを言うけど、分からなければスルーするのがお約束だ。
スーさんが鼻にハンカチを当ててるのもスルー。でも受付嬢のサラさんみたいにはぁはぁ言いながら抱き締められないから安全だ。
「私は白パンの方をいただきますわ。……まあ、ベーコンの塩と油が白パンに染みているのね。パンの優しい味わいとベーコンの力強い味わいが一度に味わえますわ。しつこくなく食べやすくて美味しいですわ」
「アタシは黒パンの方からね。……肉汁が黒パンの酸味と合うわ! これ、どんどん食べたくなるわ! 美味しい!」
二人ともしっかり食レポしてる。
私とは雲泥の差だ。
相変わらずエリーがスタイリッシュでカッコいい。
通行人の人たちは私たちが美味しそうに食べるのを見て、次々お店に入っていった。
元々ベーコンはそんなに無かったので作った量も少ない。
あっという間にベーコンパンは売り切れになってしまった。
このため、店員さんが何度もベーコンを買いに行っていた。
「……美味です」
スーさんはちゃっかり自分の分を確保していたようだ。
「いやー、今日はよく売れた。嬢ちゃんたち、ありがとうな!」
4の鐘が鳴り、私たちの仕事は無事に終わった。
「お仕事ですもの。礼には及びませんわ。とてもやりがいのあるお仕事ですのね」
「あー、もうくたくたよ。パン屋ってこんな大変だったのね……」
私も少し疲れた。私は体力に優れる獣人だからこの程度ですんでるけど、普人の8歳児にはかなりきついと思う。
「そうだな。やりがいのある仕事だ。でも今日は大盛況だったさ。嬢ちゃんたちじゃなけりゃここまでなることはないな。機会があったらまた依頼を受けてくれ。それまでにはまた新しい創作パン考えとくよ」
「うん、楽しみにしておくね! お疲れ様!」
「では、お疲れ様ですわ」
「乙ー。それにしてもフランは元気ね……」
私たちは依頼書に完了のサインをもらい、パン屋をあとにした。
私たちの初めての街中の冒険者活動は無事に終了だ。
次回更新は3/12(月) 19:00の予定です。




