第87話 王子様がいたんだね
「すごいわね。普通、エリザベス様たちくらいの年齢で文字を読める人はいないわよ。貴女たちと同い年くらいの第三王子殿下でもまだできないんじゃないかしら?」
平和なこの国でも識字率は人口の半分もないと思う。
貴族学校だけではなく平民向けの学校もあり、そこで文字を学ぶらしいが、どちらも入学するのはだいたい12~13歳からって話だ。
まぁ貴族は家庭教師を雇い、学校に通う前に読み書き計算や歴史などを学ぶ人が多いらしいけど。
そんなわけで、私たちのような年齢で文字を読める方が特殊なんだろう。
私は資料室の司書ミィさんに教えてもらえてよかった。
あ、言っておくけど、お父さんもお母さんも文字の読み書きはちゃんとできるからね?
でも、今は識字率なんてどうでもよく、気になるキーワードが飛び出た。
「私たちと同じくらいの年の王子様がいるんだね」
「同じくらいではなく、同い年ですわよ、フラン」
「え、そうなの!? なんで知ってるの!?」
「ファーレンハイト家は公爵家ですもの。王族の方々との交流はありますわ」
そうだ、この3年ですっかり意識しなくなってたけど、エリーってめっちゃ良いところのお嬢様だ。
王子様なんて前世から平凡な私からしたら雲の上の存在。
そんな王子様と知り合いなエリーがすごくみえる。いや、実際すごいけど。
「ねえ、その第三王子殿下ってハロルド殿下のことよね?」
「そうですわ」
アイリは「やっぱり」と呟きつつ私にチラリとアイコンタクトを送ってきた。
え、まさか乙女ゲーの関係者なの?
「なあに? フランちゃんもアイリーン様も殿下のことが気になるの? 安心して、美少年よ」
私とアイリの秘密を知らないサラさんには、王子様が気になる噂の人って感じに映ったんだろう。
でも、8歳の私たち相手には美少年っていうよりカッコいいとかそういう方がいいと思うよ?
まあ私は少年を可愛がることはするけども恋愛対象になるかと言われれば守備範囲外だけども。
これでも中身は一応大人だし。あ、久しぶりに自分でそう思えた。私偉い。
……久しぶりとか思ってる時点でダメージ受けた。
「ええ、気になるわ。これでも貴族の端くれよ」
そう答えるアイリにサラさんは満足そうにニヨニヨしてるけど、多分気になるの意味は違うと思う。
その様子を見てエリーも冗談っぽく声をかけてくる。
「あら、ハロルド殿下に紹介しますわよ?」
「男爵家の令嬢なんかじゃ畏れ多いわよ」
「そうだよ、私なんて平民だよ? もっと畏れ多いよ」
「私は畏れ多くなくて?」
「なに? エリーはアタシとフランによそよそしくして欲しいの?」
「冗談ですわ」
私たちはクスクスと笑いあった。
サラさんは私たちを見て満たされた表情をしてるけどスルーだ。
その後、話をもとに戻して説明は終わった。
ちなみに私は回復魔法のアルバイトをしており準職員みたいな立場だけど、普通に冒険者になってもいいということは確認済みだ。
「サラさん、ありがとね! またね!」
「はい、またね」
サラさんの受付を出てお母さんの方を見ると、にっこり微笑んで軽く手を振ってくれた。
もちろん私も手を振り返す。エリーとアイリも手を振ってる。
受付してもらってる冒険者のお兄さんは、微笑むお母さんを見て顔を赤らめてる。微笑みが自分に向いてないとしても、効果は抜群だ!
「さて、それではさっそく依頼を受けますわよ」
「そうね、2の鐘は鳴ってないし、時間的には余裕よね」
「依頼はあっちのクエストボードに張ってあるから見に行こ!」
私は意気込む二人をつれてロビーにあるボードのとこまで来た。
「うーん、何がいいかしら?」
初心者でもできそうなものはたくさんあるので、とりあえず二人に選んでもらう。
私は少し様子見だ。
ちなみに私たちのような子どもの冒険者もいるので、初心者用や難易度の低いクエストはボードの下の方に張ってある。
「お嬢さんは冒険者かい?」
「そうですわ。先ほどなったばかりですの」
あ、ワイルドな読み上げおじさんだ。
あの人はクエストの文字が読めずに困ってる冒険者相手に、お金を対価に内容を読み上げることをする見た目がワイルドなおじさんだ。
呼び方は私が勝手に頭のなかでそう呼んでる。ネーミングセンスは気にしたらいけない。
彼は一昨年まで冒険者だったけど、今は引退してこうしてギルドの許可をもらって悠々自適にお仕事して暮らしてる人だ。話しかけてきた様子からすると、今ギルドに来たばかりかな?
ちなみにお金を取るのは相手に頑張って文字を覚えるさせることを促すためらしい。もちろん教室も開いてる。読み上げや教室はどちらも冒険者なら格安だ。
「え? こ、これってもしかして今度こそテンプレ!?」
や、確かに見た目はワイルドな風体だからそう思うのも仕方ないけど、ぱっと見で貴族と思える二人に絡む人はいないと思うよ?
「テンプレ? なんだかわかんねーけど、クエスト受けるんなら文字は読めるか?」
「ええ、読めますわ。問題ありませんわ」
「そうかい、余計な世話だったな。……無理したり見栄を張ってねーよな?」
「あわわわゎ……フ、フラン?」
アイリが困ってこっちに助けを求めるように振り向いてきた。
「おじさん、この二人なら大丈夫だよ」
私はボードのとこまで来ると読み上げおじさんに挨拶をした。
「なんだ、フランの嬢ちゃんの友達か。ホントに余計な世話だったな。すまんな」
「いいえ、おじさま、ご心配ありがとう存じます」
「お、おう。フランの嬢ちゃんがいるから大丈夫たぁ思うが、無理すんなよ?」
「はい、お心遣い感謝しますわ」
読み上げおじさんはロビーのシートの方へと戻って行った。
「……ふぅ、大したことなかったわね」
「強がりだよね」
「そうですわね」
「な、何よ、仕方ないじゃない。強面で知らないおじさんに声をかけられれば不安になるわよ。そういうフランは知らない強面のおじさんが来たらどうなのよ」
「無理、超怖い」
「「「……」」」
「ぷっ、おーほっほっほ! フランはすごいのに本当に怖がりですわね!」
「仕方ないじゃん。怖いものは怖いもん」
「もん、って……可愛いから許すわ」
そんなこんなで私たちはボードの依頼書を確認していく。
ちなみに朝イチのピークは過ぎてるので取り合いになるようなことはなかった。
次回更新は3/6(火) 19:00の予定です。




