第69話 馬車って意外と乗り心地良くないんだね
目の前にある豪華な馬車に思わず気後れしてると、美少年執事が声をかけてくれた。
「さ、フランシェスカお嬢様、どうぞこちらへ。後ろ側の席におかけください」
そうこうしてるうちに、美少年執事は馬車の扉を開け、踏み台を用意してくれる。
「う、うん。ありがとね」
若干おろおろしてるけど、私は馬車に乗り込んだ。
美少年執事も乗り込むと、御者さんに出発の合図をだし、私の対面に座った。
間もなく馬車が進み出す。
窓から外を眺めると、速度自体はそんなに早くないようだ。
街中だしそりゃそうか。
大人が軽く小走りする速度程度かな?
ちなみに朝お母さんと一緒に冒険者ギルドに行くときの速度の方が速い。
お母さんはちょっと速く歩いてるって言ってるけど、私は走らないと追い付けない。
今の私の走る速度は前世の大人の私よりも圧倒的に速く、たぶん前世の成人男性が走る速さはあると思う。5歳児で。
そう考えるとお母さんのちょっと速く歩くって意味不明だ。
でもまあお母さんなら仕方ないか。
お料理が上手だし、裁縫も上手だし、優しいし、気立てもいいし、包容力もあるし、お父さんとラブラブだし、超美人だけど可愛いし、子持ちとは思えないほどスタイルいいし、肌綺麗だし、胸も大きいし、とんでもない量の魔力作れるし、元【ミスリル】の冒険者だし、音や気配無しに現れるし、動けなくなるくらい怒ると怖いし……。最後のは別として完全にスペックがおかしい。天は二物を与えずっていうけど、あれは嘘だね。もう何があっても「お母さんだし」で納得できちゃいそうだ。
「わっ!」
それにしてもダイレクトに突き上げるような衝撃で意外と揺れる。
そして地味にお尻にくる。
自分が変なところに座ってないか何度か立ち上がって確認したくらいだ。
この速度でこれだけ揺れるんだから、これ以上の速度はどうなってしまうんだろうと思う。
美少年執事が微笑ましい表情で私を見てくるけど気にしない。
……
かれこれ体感では30分は経ったと思う。時計がない生活を何年もしてるので、もうかなり適当だけど。
小さな衝撃でも頻繁にあるとお尻がちょっと痛くなってきた。
正直貴族の馬車なら快適だと思ってたけど、案外そうでもなかった。さすが中世ヨーロッパっぽい時代だ。前世の車がいかに素晴らしかったのかよく分かった。
うーん、将来旅行するときはなんか考えとかないとヤバいかもしれない。
ぼーっと外を眺めながらそんなことをつらつら考えてると、美少年執事が声をかけてきた。
「フランシェスカお嬢様、本日はエリザベスお嬢様の茶会にお越しいただきありがとうございます」
「んぇ? あ、ううん、こっちこそ呼んでもらえて嬉しいよ。でも、私みたいな平民が来て大丈夫なの?」
突然だったので変な声が出ちゃったけど気にしない。
「ええ、もちろんです。ここだけの話ですが、実のところエリザベスお嬢様にはご友人と呼べる人がいないぼっちなのです。なので初めて招待するご友人が平民だろうが貴族だろうが関係なくこうして来ていただけるだけで喜ばしい限りなのです」
この人さりげなくエリーをディスってない?
初めて会う私にそんなこと言ってていいのかな。
それと私にもグサグサ刺さる。
受付嬢のサラさんや資料室の司書ミィさん、冒険者のライト君やルビーお姉さんって友達はいるけど結構年が離れてるので、お兄さんお姉さんって感じだ。
よく考えたら同年代の友達はエリーとアイリを抜いたら他にいない。
うわっ……私の友達、少なすぎ……?
思わず自虐ネタを挟んでしまったけど、5歳だから仕方ないね。
あ、念のため言っておくけど、私はギルドの職員さんたちからは可愛がってもらってるので、サラさんとミィさん以外のギルドの職員さんは知らない人ってわけじゃないからね?
「そうなんだ。でも、相手がどこの誰かも分からない平民だと不安じゃないの?」
「まさか。フランシェスカお嬢様のご両親は王都で有名人ですよ。そのご息女である貴女なら問題ありません」
「そういうものなの?」
「そういうものです。不安というのは、エリザベスお嬢様にすり寄ろうと近づく脂ぎったロリコン貴族のことを言うのです」
「ふーん」
とりあえずこの人は綺麗な顔に似合わず毒を吐くということは分かった。
美少年執事と他愛もない話をしてるうちに馬車が停まった。
「フランシェスカお嬢様、到着しました」
美少年執事が降りたあと、私も後に続いた。
降りるとき、美少年執事は手を差し伸べてくれた。紳士だ。
とりあえず掴まないのは失礼かと思って掴んだけど、男性にこんなことしてもらったのは初めてなので、ちょっと気恥ずかしかった。
これくらいの段差ならいつもぴょんぴょん跳ねてる高さの半分もないので飛び降りた方が気楽だと思ったのは秘密だ。
馬車を降りると目の前には大豪邸がある。
辺りには街の人は誰もいない。
と言うより、敷地がめっちゃ広い。遠くにある門がとても小さく、かろうじて見えるほどだ。
貴族街の辺りは行ったことないからここが王都のどのあたりか全然分かんない。最初は窓の外を眺めてたけど、途中からは会話してて外を見てなかったし。
これだけ広い土地がよく王都にあったものだと感心だ。
ちなみに冒険者ギルドには王都の詳細な地図なんてものはなかった。一番詳しくても貴族街の周辺までであり、ぶっちゃけ誰かのメモかと思うような印象だった。地図くらい作ればいいのに。
それにしても庭園がすごくきれいだ。
大豪邸も近くにあり、写メ撮りたくてしょうがなくなる。絶対にインスタ映えする。
でも悲しいかな、前世の文明の利器は存在しない。
せっかくなのでこの目にしっかり焼き付けておこう。
「フランシェスカお嬢様、どちらへ向かわれるのですか?」
おっと、ついつい綺麗な庭園に吸い寄せられてしまった。
これじゃあ田舎者丸出しだ。ちょっと恥ずかしい。
「えっとね、お庭がすごく綺麗だったからちょっと見たいなあって。えへへ」
「左様でしたか。茶会は庭園で行いますので、後ほどエリザベスお嬢様とお楽しみください。さ、こちらへどうぞ」
そういうと、私は美少年執事にエスコートされた。
「フラン!」
案内された先から私を呼ぶ声が聞こえた。
この声に私は自分でもすごくウキウキしてきたことが分かった。
2週間ぶりにエリーと再会だ。
防衛上の問題で貴族地区の詳細な地図は平民では持てません。
王都に領地を持つ貴族以外は所持が禁止されています。
次回更新は1/16(火) 19:00の予定です。




