第25話 水浴び
獣人って髪の毛やケモ耳、しっぽを洗うのは大変だと思うんです。
今日も資料室にやってきた。文字を教わってから4日目だ。
ミィさんは相変わらず半分瞼を閉じていて眠そうな目付きだけど、本当に眠いのかそうでないのかどうなんだろう?
と、朝からどうでもいいことを考える。
今日も文字の音読と書き取りをしようとしたところでミィさんが横に来て、文字表の文字を指してきた。
相変わらず反応が乏しい。
「どうしたの?」
「……読む……書く……できる……?」
と言われたのでやってみたら、ミィさんの半分閉じた瞼が一瞬くわっと開いた。
ミィさんは私ができたことに驚いんだろうけど、私はミィさんのその反応にめっちゃ驚いた。
そのあと、ランダムに指差された文字を同じように発音しながら書いていく。
さすがに文字を読むのは3日やれば覚える。読みの方はもうだいたい大丈夫かな。
ミィさんはちょっと迷う素振りを見せたあと、口を開いた。
「……文字を言うので書いて……」
今度は聞き取りのテストらしい。
こっちは思ったよりも間違えた。完璧のつもりだったのに。
見て読んで書くよりも、表を見ずに聞いて書く方となるとあやふやだったのだろう。
取り合えず苦手なところも分かったし、今日1日あれば暗記も完璧だと思う。
というより、さすがに3日も文字だけの勉強なので飽きてきた。
「…………」
何か考えてるんだろうけど、相変わらずミィさんは反応が分かりづらい。
そんな感じで4日目も過ぎていった。
翌日。
今日のお母さんは冒険者ギルドのお仕事はお休みだ。
週休二日制に朝組、さらに幼児まで連れ込みOKと王都冒険者ギルドはホワイト企業だと思う。
王都ともなると中世ヨーロッパっぽい時代でも福利厚生は充実してるのかな。
もしくはトップの手腕が素晴らしいのかな。
ちなみに、この世界の1週間は7日あり、さらに日月火水木金土の7曜となっている。
日本と曜日の概念が同じなのはとてもありがたい。
ちょっと違うところは、28日の4週間で1か月、12か月で1年、1年はえーっと、電卓は無いので地面に書いて計算すると……336日か。地球より1年が1月分短い。でも分かりやすくていいと思う。
文字の勉強をしたお陰で、カレンダーっぽいものだと思ってたのがカレンダーだと分かった。
曜日の文字はまだ分かんないけど、そう呼ばれてるから大丈夫だ。
さて、私は今日という日を待ちわびていた。
お母さんが私のエプロンを仕立ててくれる日だからだ。
どんな風になるのかな?
どんな可愛いエプロンになるのかな?
前もあったけど、朝からテンションが有頂天でヤバい!
午前は買い物をするのが恒例で私はお留守番。
待ちきれないからっていって、暇をもて余して先週のようにアクセサリーのファッションショーはしたりしない。お母さんのドレッサーに手を出してはいけないことは学習済みだ。
取り合えず、また掃除をしよう。
……あっという間に雑巾がけを一通りし終えてしまった。
日中はお母さんと一緒に冒険者ギルドだし、裸足で過ごせるよう普段からも床掃除も出来ている。
帰った後は暇なので掃除するのは日課だし。
次はどうしようかな。
うん、掃除で少し埃っぽくなってると思うし、せっかく新しくエプロンを着けるんだから今のうちに水浴びをして綺麗にしておこう。
異世界ものの例に漏れず、私のいる王都でも、貴族でもなければ一般家庭にお風呂は無いそうだ。
なら公衆浴場はどうかというと、サウナが一般的で湯船は無いらしい。
ぐぬぬ……。
というわけで、平民はお湯を沸かし手拭いで拭くのが普通っぽい。
日中なら水浴びでもいい。
幸いこの国の春の季節は日本で言う5月くらいの気温はあるのでそこまで寒くはない。
と言うよりも四季はあっても寒暖の差はかなり少ない。適温最高。
でも、元日本人としてお風呂はとても恋しい。銭湯できないかな……。
だんだんと考えがずれていった。
早く水浴びをしよう。
さすがに井戸の水は冷たいので甕に貯めておいた水を使う。これなら天日でぬるくなっていていい感じだ。
お父さんは剣の素振りした後にいつも水浴びするので、庭に水浴び用の甕がいつも常備してあるのだ。
水浴び場は勝手口の近くだ。
もちろん、勝手口が水でぬかるまないように水浴び場はちゃんと排水がしっかりしてるし、すのこが敷いてあるので泥が跳ねることもない。
ただし、問題点が1つある。
庭の外側に対して簡単な衝立があるから覗きの心配はないと思うが、勝手口を出て振り向くともろに見える位置にあったりする。
水浴び場にはドアや衝立が無い。
そんなわけで、お母さんは同性だから見たり見られたりするのはまだいいとして、何度かお父さんに見られたのは恥ずかしかった。3歳児が恥ずかしさで反応するのは不自然なため後ろを向いてスルーしてるけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
もう少し大きくなったら理由を付けて入り口側にも衝立を立てて直接見えないようにしてもらおう。
逆にお父さんが水浴びしてるところを目撃してしまったことは何度かある。
文句を言いつつも指のすき間から見た記憶はちゃんと覚えているが、ここでは割愛しておこう。
水浴び場に入るとすっぽんぽんになり、端にある蓋つきの籠にタオルと脱いだ服を入れておく。
よっぽど激しく水を飛ばさなければ浸水して濡れることはないので安心だ。
ぬるくなった水を桶に汲み、頭からかぶる。
人間だったころの耳と比べていくらぺたんとネコミミを横にしても水が入りやすいので、幼児の短い腕も合わさり結構気を使う。
シャボンの実を割り、手ぬぐいを泡立てる。
この世界にも石鹸はあるがそちらは主に服を洗う役割が強く、体や髪の毛を洗う場合はシャボンの実とかいうボディーソープやシャンプー代わりに使える不思議系な木の実を使う。
前世の石鹸と比べるとあまり油分は落ちないけど、赤ちゃんにも使える天然素材と思えば全く悪くない。
リンスが無いのは仕方ないとしても、水取り葉やシャボンの実とかこの世界はなんて都合のいいものがあるんだろう。
髪の毛とネコミミを洗い、温かい水をかぶる。
左手、右手、胸、おなか、背中、しっぽ、お股、お尻、左足、右足と体も順に洗い、温かい水をかぶる。
しっぽはことのほか丁寧に洗う。しっぽの先ほど何かに触るし、銀の毛は汚れてたら目立つしね。
最初は前世に無かったネコミミとしっぽを洗うのに苦労したけどもう慣れた。
言っておくけど、しっぽでタオルをひっかけて持ち上げることはできても、握ったり掴んだりまではできない。ちょうどグーの形にした手をいくら曲げても掴めないのと同じような感じだ。
最後にもう一度水をかぶっておしまいだ。
私は水浴びを終えると籠にしまっておいたタオルで丁寧に拭いていく。
耳の毛は濡れてると音が聞こえにくくなるし、水が耳の穴に入ってくると不快なので丁寧に拭いていく。
しっぽももちろん丁寧に拭いていく。
ドライヤーは無いので髪の毛とネコミミとしっぽが多少湿ってるのは仕方ない。
ちなみに前世の猫みたいに体をブルブル身震いさせてしっぽの水を飛ばせないか試してみたけど、全く意味はなかった。
直接しっぽをブンブン振った方がよっぽど水気は飛ぶ。
しっぽを振って、しゅぴっと地面に水の跡が残るのは意外と楽しい。
ドロワーズに足としっぽを通してはき、ずり落ちないよう紐を縛る。
今の季節は春だけど、ワンピース一枚で十分過ごせるのでインナーは着てない。
別に着てもいいんだけど、ワンピースの生地は意外と厚く透けることはないので冬で寒くなければ大体いつもこのままだ。
私はワンピースを広げ、しっぽのための切れ込みを眺める。
今日でこの切れ込みから下着が見える生活とおさらばだと思うと感慨深い。
そう思えばあと少しくらいなら我慢できる。
んふふん。
エプロンが楽しみで仕方ない。
水取り葉に続いてシャボンの実なるアイテムの登場とご都合主義です。
シャンプーやボディーソープが無い生活は考えられませんよね。
次回更新は10/26(木) 22:00の予定です。




