第19話 資料室の司書ミィさんと文字を覚えよう計画
新キャラ登場です。
私はサラさんと資料室に向かっていた。
サラさんはだいぶ落ち着いたみたいだ。
あのままアクセル全開だったら身の危険を感じてたと思う。
まだ手をにぎにぎされてるけど。
「フランちゃん、ここが資料室よ。場所は覚えた?」
「うん、バッチリだよ」
そう言うと私とサラさんは資料室に入っていった。
部屋は古本屋のようなインクの独特な香りが漂ってた。
さて、どこに植物図鑑があるのかな?
「……サンドラ、珍しい……」
「はわぁっ!」
本棚の方を眺めていたら突然背後から声が聞こえてびっくりした。
「ミィ、よくやったわ。しっぽがぶわってなる珍しいフランちゃんが見られたわ」
振り返ると部屋のドアの死角になるような場所に小さなカウンターがあった。
カウンターにはギルドの制服を着た少女がいた。
この高性能なネコミミに反応が無かったことから、全く音を出さずに背景に一体化してたとしか思えない。
サラさんの名前ってサンドラって言うのかとか、しっぽが膨らんでたのかとか、なんでサラさん黙ってたのとか、サムアップしてんなとか色々あるけど、文句いっても話が進まないし恥ずかしいので黙っていよう。
「……用件は……?」
すごい、会話に「……」が入ってるのが分かるレベルって前世を含めて初めて遭遇した。
「相変わらず無口ね。今日はフランちゃんにバラの絵を見せたくてね。植物図鑑はどこかしら?」
「……こっち……」
そう言うと椅子から立ち上がり、ミィさんって呼ばれてる人は奥の本棚へと向かっていった。
「フランちゃん、あの子はこの資料室の司書で名前はミスティ。みんなはミィって呼んでるわ。無口な子だけど、仲良くしてあげてね」
「うん、分かった」
前世で海外旅行したことのある私は言葉が通じなくても身ぶり手振りで外人と意志疎通したことがある。多分なんとかなるはずだ。コミュ力はそれなりにあると思う。
ミィさんの髪の色は紫だ。パッつん前髪にサイドはヘアピンらしきもので留めており、後ろ髪は左右のお下げに先をリボンで結んでる。
瞳も紫で半分まぶたが閉じており眠そうな表情だ。でも、根暗な印象は全く無く、これはこれでむしろ可愛らしい。
年齢は12歳くらいかな?
この世界はこれくらいの年で司書になれるものなの?
いや、本は手書きっぽいし高価で貴重品なはず。この人も相当優秀だと思った方が良さそうだ。本を扱えるってことはもしかしたら良いところのお嬢様かもしれない。
って言うか、こんな子どもを働かせるなよ。この国の労働基準法はどうなってるんだ。
……うん、10歳未満の冒険者もいるし、中世ヨーロッパっぽい時代にあるわけないのは分かってるんだけど、前世がアレだったからつい脳内でノリつっこみしてしまった。
あ、ミィさんがこっちに戻ってきた。
なんかじっと私のこと見てるけど、どんな反応すればいいの?
私のコミュ力ではなんとかならなかった。コミュ力はどこかに旅立ったようだ。
「……これ……」
「あ、ありがとう」
どうやら本をとってきてくれたっぽい。
身振り手振り以前に反応が乏し過ぎてどうすればいいのか分かんない。
それに微妙な間があるのは何だろう。
「ミィ、ありがとうね。そうだ、図鑑見るのに付き合いなさいよ。どうせ暇でしょ?」
「……否定しない。見る……」
おお、無口だけどちゃんと言えば受け答えはしてくれるんだね。必要最小限な気もするけど。
これなら何とかなりそうかな。
私たちは奥にある小さなテーブルに一緒に座った。左右にサラさん、ミィさんに挟まれる形だ。
「……ここ……」
ミィさんは図鑑を開き、バラのページを開いてくれる。
カラーではないけど確かにバラだ。前世で見た花と一緒だ。
「ありがとう、ミィさん。これがバラなんだね」
「……そう……」
「ちょっとミィ、もう少し説明してあげてもいいんじゃない?」
「……何から説明すればいい?……生息地、特徴、用途、たくさんある……」
「う、そう言われると困るわね」
「絵の隣にあるこれって何?」
「……文字……」
「ミィ、こっち見なくても分かってるわよ。説明にはちょうどいいし、じゃあ私が読んであげるわね」
「サラさんお願い」
「まかせなさーい」
この世界のバラについて色々と教えてもらった。
詳しくは知らないけど地球にあるものと大差なさそうだ。
しかし、この図鑑では薬効が真っ先に書かれてるとは思わなかった。冒険者ギルドにある冒険者向けの図鑑だからかな?
「フランちゃん、どう? バラって綺麗でしょう?」
「うん、サラさん、ミィさん、ありがとう。とっても綺麗だね。それに綺麗なだけじゃなくって、みんなを助けてくれるんだね」
よし、このまま文字を覚えよう計画発動だ。
「ねえねえ、他のお花も見たいし、もっとお花のこと教えてほしいんだけど、いい?」
「ごめんね、フランちゃん。私はもう少しで休憩がおしまいなのよ。お昼休憩の時はどうかしら?」
むぅー、ここで引くわけにはいかない。自重せずここは攻め時だ。腕に抱きついてやる。
「え~、もっと見たい~。お願いサラさ~ん」
「う゛……も、萌える……。うーん、困ったわ。そうだ、ミィ、あなたが読んであげてくれない?」
「……びくっ……」
「なに予想外だ、みたいな反応してるのよ。フランちゃん、ごめんね、私はもう行くわ。後はミィが読んでくれるからいい子にしててね」
「はーい」
よし、なんとか続行できそうだ。でも無口なミィさんで大丈夫か心配だ。
取り敢えず頼んでみよう。
「ミィさん、お願~い」
……なんか無言ですごいあたふたしてるんだけど。
あ、止まった。
だ、大丈夫かな。
「……読まなきゃ……ダメ?」
困ってる、めっちゃ困ってるよ。でも私は諦めないぞ。
「お願ぁい」
「……子どもの願いは無下にできない。少し待って……」
そう言うとミィさんは席を外して、本棚に向かっていった。
ミィさんも子どもなのでは、とか思ったけど、良い子の私は黙ってよう。
しかし、何しに行くんだろう?
あ、一枚の紙を持って戻ってきた。
なんで図鑑読んでもらうのに別のものを持ってきたんだろう?
「……これを……」
え、いや、私の前に紙を広げてそう言われましても。
説明ぷりーず。
「……私は話すのが苦手。これがあれば読める……」
いや、読めません。
「ミィさん、ごめんね。私、なんて書いてあるか読めないよ」
「……説明が足りなかった。この紙は文字表。文字と発音を教える。そうすれば読める……」
私の文字を覚えよう計画の内容は、今日だけで覚えるなんて到底無理なので、資料室に通っては暇そうな時に読んでもらうようおねだりし、そのうちどこを読み上げてるのか指さしてもらいながらゆっくり覚える。そんなめっちゃずうずうしい計画だ。
でもこれは想定外だ。
識字率が低いであろうこの世界において、この心遣いはすごくありがたく嬉しい。
自分が話すのが苦手だからある程度教えて読めるようになればいいって発想はありだとは思うんだけど、こんな幼児に文字を教え込もうとするあたり、この子の要求レベルはヤバい気がする。
中身が大人な私だからいいものの、普通の幼児じゃ到底無理だと思うんだけど。
文字表はミィの手書きだったりします。
次回更新は10/18(水) 22:00の予定です。




