第9話 我が家の大黒柱
ようやく父親の登場です。
誤字修正:朝食→お昼ごはん
散らかしたお母さんの部屋はあっという間にきれいになった。
バッチリだ。
前世で培った私の掃除スキルの賜物だ。
や、スキルとか異世界風に言ってみただけだからね?
部屋をあとにして、お母さんと一緒に台所へ向かう。
失敗を挽回するためにもお手伝いをしたかったからだ。
お手伝いと言っても、3歳児の小さな私ができることはほとんどないけど。
まずは水の補給からだ。
料理をはじめとして水は欠かせない。この世界には現代日本のような水道はない。井戸まで行って給水する必要がある。
井戸まで遠いかと思いきやそんなことはなく、なんとこの家の庭に井戸がついてる。
中世ヨーロッパっぽい時代で個人宅に井戸があるってすごいと思う。
台所近くの台に置いてある桶を両手に抱え、勝手口のドアから外に出ていく。
このドアは内外どちらから押しても開く構造のドアだ。さすがに外出時や夜は防犯のため外から入れないよう内側から閂をかけるけど。
我が家の井戸には手押しポンプが設置されている。これなら私でもできる。
外に出ると手押しポンプの蛇口に桶をセット。
後ろに回り、背が足りないのでジャンプしてポンプの取っ手に飛びつく。
私の足が地面につくまで下がると、井戸から水が汲み出され桶に水が入っていく。
獣人は小さくてもパワーが出るのか、3歳児でも水入りの桶をなんとか持ち上げられる。
フラフラするかと思うけど意外と大丈夫。ちゃんとしっぽでバランスが取れるのだ。すごく便利。
桶の水が溢れないよう気をつけつつ開きっぱなしのドアを潜り甕に水を入れていく。
甕いっぱいまで入れる必要はないけれど、水を飲みたくなったり食器洗いやその他もろもろ使えるので何度も繰り返す。多い分には困らないはずだ。
お母さんはお昼ごはんを作りながらニコニコして私の様子を見てる。
次は食器の準備だ。
準備のためには椅子と椅子に上る踏み台を使い、戸棚から木製の食器を下ろす。
下ろした食器はいったん手の届く台に置く。
後は椅子と踏み台を移動させ、それぞれの席に一つ一つ並べていく。
小さなこの体では一つ一つ小分けにして作業しないといけないので時間がかかる。
うん、なんとか並べ終えた。
「フラン、お手伝いありがとう。言われなくてもできるなんて偉いわ」
「ううん、そんなこと無いよ。私のせいでお昼ごはんの準備が遅くなっちゃったんだし当たり前だよ」
「そう、それでもありがとう」
そう言うとお母さんはニコニコしながら私の頭を撫でる。
私も嬉しくて目を細める。んふふー。
ガチャ
「ただいま」
遠くで男の人の声がする。
この声も聞きなれた安心できる声だ。
「あ、お父さんが帰ってきた! お父さんお迎えに行ってくるね!」
「それじゃあ私は料理をお皿によそっておくわね。そうそう、手を洗ってからくるのよ」
「はーい」
私はリビングから出るとダッシュでお父さんをお迎えにいく。
お父さんはエントランスで服についた土埃を払っていた。
お父さんの名前はケイン。
金髪でちょっとツンツンした爽やかな髪型。
目つきは普通で、小麦のように綺麗な金目が特徴だ。
男らしくがっちりしており、ちょっとワイルドさを醸し出すイケメンであり、かつダンディーさはハリウッド並み。
お母さんもそうだけど、お父さんも容姿のレベルが突出している。
あと、すごいイケボでもある。
超絶イケメンなうえにイケボとかどうなってるんだ。
前世だったら絶対俳優のスカウトが後を絶たないと思う。
お父さんは、王都、つまりこの街を防衛するお仕事をしているらしい。詳しくは知らない。
お母さんいわく、お父さんは無茶苦茶強いらしい。
上半身は黒い長袖に紺色の上着、下半身には黒いパンツの服装だ。
エントランスの一時荷物置き場には胸部が金属製の革っぽい軽鎧、手甲やレッグガードもすでに置かれている。
剣やナイフ、たぶんロッド(?)などの武器も取り外し済みだ。
「お父さんお帰りなさい! 昨日の夜からのお仕事お疲れさま!」
「ただいま、フラン。今日も元気だな」
自我が戻ってからでも変わりなく私はお父さんも大好きだ。
お父さんが多少砂ぼこりっぽくてもかまわず飛びつく。
挨拶のハグしてくれたあと、頭を撫でてくれる。
タコがあってちょっとゴツゴツしてる手だけれど、丁寧ですごく上手だ。
包容力のあるイケメンにハグや撫でられるのは精神的にもとてもいい。
しかもお父さんだから気兼ねしない。家族特権だ。役得だ。
家族以外の女性がハグされたら多分落ちる。
「んふふー」
「よし、手を洗って行くか」
「はーい!」
私たちは洗面所で手を洗いリビングに行く。
もちろん洗面所にも甕があり、桶に水を入れて使う。
今日のお昼ごはんはトマトソースのパスタだ。前世と同じ野菜や料理があるとかすごく不思議。
若干イントネーションは変わるものの、なんと単語の発音も一緒だ。
不思議だけど問題ないから深く考えない。
ちなみに、パスタは手作りで手間がかかるためかあまり出てこない。
夜勤明けのお父さんを労うためだろう。
料理の味は前世と比べて全体的に薄味なんだろうけど、この薄味にはもう慣れた。
でも薄味だからと侮ることなかれ、お母さんの料理は美味しい。とにかく本当に美味しい。
特にこのトマトソースのパスタは超美味しい。大事なことなので何度も言うほどだ。
可愛くて美人でかっこよくて優しくて料理も上手。この人に弱点は無いんじゃなかろうか。
大きくなったらこの世界の料理を教えてもらおう。
「ケイン、お帰りなさい。それとお疲れ様。お昼ごはんできてるわよ」
「ああ、マリア、ただいま。いつも食事をありがとう」
お母さんはニコニコと笑顔でお父さんにハグして口づけをする。
私が目の前にいてもお構いなしだ。新婚のようにラブい。
相手がやって当たり前と思わず、いつもお互いに労いの言葉や感謝の言葉を忘れずに言う。尊重しあっている。
私の知る限り、理想の夫婦だと思う。
私もいつかこういった関係になれる人と巡り合えるのだろうか。
私のお父さんは獣人じゃない。
普人だ。
つまり前世で言うところの人間だ。
この世界で人間という言葉は、普人族だけを指すのではなく、獣人族やエルフやドワーフなどの亜人を含めた広義な意味の言葉なようだ。
ちょっとニュアンスが違っててややこしい。
ちなみに、魔族や妖精もいるが、魔族や妖精は人間という言葉に含まれない。
理由はよくわかんないけど、魔族は魔族、妖精は妖精として区別して呼ばれるようだ。
お母さんの職場にも魔族や妖精が来ることがあり、職員さんが魔族の方とか妖精の方とか呼びかけてた。
呼ばれた方に不満や不快感は一切無いように見えた。
少なくともこの国ではこの呼び方が差別や侮蔑の表現になってなくて良かった。
前世で国外旅行もしてたので、こういった表現は私的には要注意だったりするのだ。
大きくなればそのうち呼ばれ方が違う理由を知る機会がくるだろう。
それはそうとキスが長い。
「お父さんもお母さんもラブラブだね~」
私が茶々を入れてようやく終わった。
「そうだぞ、フラン。俺たちはラブラブだ。恥じることは何一つない。俺はいつでもどこでもマリアを愛してると声を大にして言えるぞ」
「まあ、ケインったら」
「むぁー、なんかお昼ごはん食べる前にごちそうさまになっちゃうよ」
どうしよう、茶々を入れたらすごくまぶしいカウンターをもらった。この手の話題を振るのは危険だ。
「うふふ、じゃあお腹いっぱいになる前にお昼ごはんを食べましょう」
「ああ、いただこう」
「「「日々の糧をお与えくださりありがとうございます。いただきます」」」
金髪のお父さんに銀髪のお母さんと美男美女が食事をするだけで絵になる不思議。
何度も見慣れた光景だけどやっぱりいい。
うん、パスタが美味しい。
フランはイケメン+イケボな父親に撫でられることは嬉しくても、相手は父親という意識が大前提としてあるため、恋愛対象外です。
むしろ誰か友達がいたら自慢したくなるような存在です。
次回更新は10/3 22:00の予定です。




