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   夜祭りの儀式 2


「昨夜は、今生こんじょうの別れは済みましたか?」

 闇夜に光る稲妻に照らされた上総の赤い唇が、ニヤリと浮かび上がった。

 上総と二人闇の中に残された敬悟は、その言葉に眉を寄せた。

「……どう言う意味だ?」

「言ったでしょう『せいぜい別れを惜しんでおくのですね』と。あなたは一体、儀式がどのような物だと思っているんですか?」

「……」

 敬悟は、言葉に詰まる。

 敬悟とて子供の頃にこの里を出てから、それまでの記憶を封印され、『神津敬悟』として今まで生きてきたのだ。

 茜の母、明日香の葬儀の夜、赤鬼シャッキに変化した上総にその封印を解かれるまで、自分が神津敬悟以外のそれも、その血に人外の物が混じっていようとは、夢にも思わなかったのだ。

 自分の正体を知った時、敬悟の思いは一つだった。 

『どうしたら茜を守れるか』それだけを考えた。

 逃げ切れないと悟った敬悟に出来ることは、茜をこの里に導き、そして、元凶を絶つこと。

 茜の父である惣領を説得する。

 もし、それが叶わなければその時は――。

「儀式と言うのは、直系の者同士のちぎりの儀式を言うのですよ」

 世間話をするような気軽さで楽し気に言う上総の顔を、敬悟は信じられない思いで凝視した。

「な……んだって?」

 喉の奥に張り付いた言葉が、呻くように吐き出される。

「中にいるのは、木部の惣領……茜の父親だろう!?」

 だからこそ敬悟は、茜に直接的な危害は及ばないだろうと考えたのだ。 

「我々に、人の世で言う『血のタブー』は無いのですよ。いかに濃い血を残すか、それが第一優先事項です」

「狂ってる……」

 楽しそうに話す上総に、敬悟が吐き捨てるように呟く。

「そう、狂っているのですよ。異星人間の混血などと、考えたのがそもそもの間違いなのです。でも、私は彼らに感謝していますよ。おかげで、こんな面白い身体に生まれ付いた……。私が、いくつだと思います?」

「さあね……」

 敬悟が、気のない返事をしつつ洞窟にちらりと視線を走らせると、茜と一緒に入って行ったお付きの女二人が出て来たところだった。女達は、上総に会釈をして元来た道を足早に帰って行く。

 敬悟を、焦燥感が襲う。

「いかに元々長命な種族とはいえ、それは母星にあってのこと。この星では、普通の人間とさして変わらない。でもこの里に生きる者は母星での寿命とそう変わらない。なぜだか分かりますか?」

「……結界か?」

「そう、結界です」

 上総が愉快そうに笑う。

「この里は、特殊な空間でシールドされています。それはこの空間を母星のそれと同じに保っています。だからこそ、私は五百年も生きているのですよ」

「中身はよぼよぼのジィサンだった訳だ」

 敬悟が上総の隙を狙って洞窟に飛び込もうと、タイミングを計る。上総の言う事が真実なら、茜を早く連れ戻さなくては手遅れになってしまう。 

「おっと、あなたを行かせる訳にはいきませんよ」

 敬悟の意図を見透かしたように、上総が洞窟の前に立ち塞がった。

「あなたの役目は、『茜を導く者』。その役目は十分に果たしてくれました。礼を言いますよ」

 上総が黒装束の上着を、ゆっくりと脱ぎ捨てる。男にしてはあまりに白皙の青いほどの肌と、思いの外均整の取れた肢体が現れた。 

「でも、もう不要です――」

 上総の眼に、鋭い光が宿る。

 それは、赤い炎となってゆらゆらと揺らめいた。

 その圧倒的な威圧感に後ずさりそうになるのを、敬悟は辛うじて踏みとどまった。 

「ふふっ。試してみますか? 見掛け通りの二十年ほどの年齢でしかないあなたが、五百のよわいを生きる私に勝てるかどうか」 

 上総の輪郭がぶれて行く。

 みしり、みしり――。

 ぼきぼきぼき――ごきり。

 骨が歪む音が不気味に響き渡る。

 筋肉が膨れ上がり、隆起する。

 そして、めりめりと音をたてて、その頭上に、一本の角が生えた。

 そこに現れたのは、あの日、明日香の葬儀の夜、茜の部屋に現れた赤鬼シャッキの異形の姿だった。

 メタモルフォーゼ――。

 人が、人で無いモノに変化するその様を、敬悟は身じろぎも出来ずに、ただ見詰めていた。



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