11 鬼神伝説
帰りたい。
あの故郷へ。
遙か彼方の、あの美しい場所へ。
【11 鬼神伝説】
時は、六世紀初頭――。
夏のある夜、瀬戸内の海に、空から大きな『光の玉』が落ちた。
それは、大地を揺るがす大音響と共に、一つの島を生み、やがてその地に一つの伝説を生み出すこととなる。
『鬼神伝説』
身の丈は並ぶ者のない程大きく、その姿は異様で皮膚は赤黒く、その双眸は赤く禍々しい光を放つ。
口は耳まで裂け、その凶暴な牙は熊さえも引き裂くと言う。
「頭に、角が生えていたぞ!」
ある者は言い。
「若い娘を、取って食らうそうだ!」
ある者は噂をした。
口伝えに聞いた民話に出てくる『鬼』を彷彿とさせるその姿に、人々は『鬼神様が現れた』と、恐怖した――。
「何故だ!? 何故、異種交配でこうも、凶暴性が増すのだ!?」
彼らは、焦っていた。
故郷の星を遠く離れた辺境の宙域で起きた、船のエンジン・トラブル。
救難信号もままならず、不時着した未開の惑星の住民は、あまりに幼い生物だった。
テレパシーやサイコキネシスといった、精神エネルギー面での進化を遂げた彼らに比べて、あまりに粗野で暴力的で野蛮な原住民。
それが、彼らの地球人に対する正直な印象だった。
その船に乗っていたのは百人余り。
救助を望めない今彼らに残された選択肢は、何もせずに滅びを待つかこの星の生物として帰化するか、そのどちらかしか無かった。
彼らとて、むざむざ滅びたくはなかった。
だとすれば残された道は、この星の住民として帰化するしかない。
そんな中で進められた、地球人との異種間交配。
遺伝子的に見てかなり近い種族であるこの原住民との異種間交配で、どういう訳か、原因不明の『突然変異体』の誕生が続発した。
極端に凶暴性が増した変異体、原住民が言うところの『鬼』の姿を持った個体がかなりの確率で生まれたのである。
それは血が濃いほど、つまり彼らの血が多く含まれる個体ほど、顕著に現れた。
彼らの遺伝子が、精神的発達が未熟な種族である人間の凶暴性を活性化する。
その原因はついに、彼らの進んだ科学力を持ってしても、解明することができなかった。
やがて、彼らのうちでも、地球人に紛れ帰化する者と、あくまで彼らの血を残そうとする者とに分かれて行った。
前者は地球人の血に紛れ、たまにその血を濃く引いた者が、超能力者や霊能者としてその異能を発揮した。
そして後者は、船のある瀬戸内の海に浮かぶ小さな島の中で、ひっそりとその血を絶やすことなく生き続けてきた。
いつか、故郷の星に帰れることを夢に見て――。
「それが、『鬼隠れの里』なの……?」
茜は、呆然と呟いた。
「……ああ。そうだ」
敬悟の言葉に『荒唐無稽』と言う単語が、茜の頭を掠める。
『鬼』どころじゃない、『遭難したエイリアン』が出て来た。
もう完璧に、茜の理解の範疇を越えていた。
「じゃぁ、敬にぃも、私も、その宇宙人の子孫なんだ……」
何だかおかしくて、クスリと力のない笑いが漏れる。
まさか、鬼から宇宙人が出てくるとは思いもよらなかった。
「良く聞け、茜」
敬悟が茜の両肩に手を置き、その目を見据える。
「俺は、血の濃さから言えば四分の一。つまりクオーターだ。上総でハーフ。そして茜、お前は『主』と呼ばれるリーダーを除いて現存する唯一の純血体なんだ」
「え?」
――なにそれ? 意味が分からないよ?
まじまじと、敬悟の真剣な瞳を見返す。
「……お前は、100パーセント、彼らの血を引いている、と言う事だ」
茜は、必死に敬悟の言葉を理解しようとした。理解しようとはしたが、どう考えても、意味が分からない。
「100パーセントって、それ……私って、人間じゃないってこと……?」
「地球人の血は入っていない」
淡々と語られる、事の重大さに茜の思考能力が付いていかない。
『お前は100パーセント、エイリアンだ』だと、そう言われたのだ。はい、そうですか、と理解出来る訳がない。
「だって、お父さんは? お父さんは、普通の人でしょ……?」
――だったら、100パーセント・エイリアンなんてことは、あり得ないじゃない。
茜は、そう思った。
「……お前の生物上の父親は、おやじさん、……神津衛じゃない」
敬悟が言いづらそうに、でも茜の目から自分の視線を背けることなく、言葉を続ける。
「十八年前。お袋さん、木部明日香が、遺跡の発掘中の落盤事故でこの里に身を寄せていた神津衛と共にこの里を出奔したとき、既にお前は明日香に宿っていたんだ。お前の父親は、『主』と呼ばれる、木部の惣領だ――」
思いもよらない敬悟の言葉に、茜は息を呑んだ。
「明日香は、100パーセントの純血体だった。その彼女と、やはり100パーセン異星人の血を持つ『主』との間に出来た唯一の完全体、それがお前だ――」
「上総さま」
自室で一人あぐらをかき、まるで瞑想でもしているかのように目を閉じて動かない上総の元に、報告が入る。
「何事か?」
「里の結界付近に、人が集まりつつあります。遭難者の捜索だと言うことですが……」
ニヤリと、上総の口の端が上がる。
「放っておけ。どうせ、普通の人間はここには入って来られない。事が済むまで騒がせておけ」
「はい……」
明日は、折しも満月の夜――。
『守りの石』
そして、現存する『純血体の娘』
その力を得れば、この世に怖い物など無くなる。
それを使ってこの世を支配してみるのも、また一興。
上総にとっては、先人の遺志などどうでも良かった。見たこともない故郷の星などに、興味も関心もない。
「儀式が楽しみだな」
ニヤリと嗤うその口の端に、ぬらりと大きな犬歯が光る。
血のように赤い唇とのコントラストが、よけいにその禍々しさを強調していた。




