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08 夏の嵐 1

 守りたいものがあるから。


 例え、何を引き替えにしても、


 守り抜きたいものがあるから――。



 鬼押村を後にした茜と敬悟は、傷を負った信司を家まで送り届けるために、一度車で関東まで戻った。

『鬼隠れの里』に関する手がかりが分かったら、必ず連絡をすると信司と約束を交わし、自分たちはそのまま東京に出て新幹線で南下した。

 目的地は、広島。

 正確には、広島にある離島『鬼珂島くがじま

 瀬戸内海に浮かぶ総面積五キロほどのこの離島は、『桃太郎伝説』が残る、全国各地に数多く存在する『鬼ヶ島』の一つだった。

ここに、『鬼隠れの里』への『入り口』がある。それは、玄鬼が茜に見せたあの父と 母が出会った『鬼隠れの里』の一件から、敬悟が導き出した答えだった。

『明日香』が茜くらいの年頃。

 つまり十五〜二十年くらい前に、『神津衛』が遺跡発掘で洞窟の落盤事故に見舞われた場所。それを特定するするのは、実にたやすい事だった。

 実際、敬悟は途中で寄ったネットカフェで、その情報を数分で探し当てたのだ。

 信司と別れたときには既にこの情報を得ていたが、敢えて黙っていた。話せば一緒に行くと言うのが目に見えていたし、何より、これ以上第三者を巻き込む訳にはいかなかった。

 これから先は、どんな危険が待っているか分からないのだ。


「茜、起きてるか?」

 新幹線の窓の向こう側を飛ぶように流れて行く景色を、ぼんやりと眺めていた茜は、敬悟の声にすぐには反応しなかった。

 鬼押村を出てから、ずっとこんな調子だ。

 いつもなら、大抵のことは一晩寝て美味しい物を食べれば元気になる茜も、さすがに精神的にダメージが大きかった。

 共に過ごしたのは、ほんの短い間だった。

 だが、玄鬼という存在が如何に大きいものだったか、茜は今更ながら思い知らされていた。

 もう、何処にも居ないのだという喪失感に、ともすればあふれ出しそうになる涙を、懸命にこらえる。その繰り返しだった。

「茜?」

「うん。起きてるよ敬にぃ……」

 眠れない。

 鬼押村を出てからここ二日。

 体は疲れて居るのに、気持ちばかりが高ぶって眠ることが出来ないでいた。

「少しは何か食べた方がいい。体を壊したんじゃ、何も出来ないぞ?」

「……うん」

 茜は、敬悟が差し出したサンドイッチと缶コーヒーを受け取り、小さく頷いた。


 母・明日香が死んだとき、茜は泣けなかった。

 確かに悲しかったが、泣けなかった。

 なのに、ほんの短い間、一緒に旅をしただけの人の死がこんなにも悲しいなんて。

それに。

『お前が生まれたとき、明日香は自分の持てる力の殆どを、その石に封印した。お前を守るために』

 そう、玄鬼は言っていた。

 もしかしたら、母がずっと病気がちだったのは、若くして亡くなったのは、石に力を封印した事が原因なのではないか?

『私のせいなのかもしれない――』

 そんな思いが胸を過ぎる。

「それを食べたら、少し眠れ。着いたら起こしてやるから」

 受け取ったサンドイッチにぼんやりと視線を落としたまま、考えに沈んでいる茜の頭を、敬悟が励ますように、ぽんぽんと叩く。

「うん。そうするよ」

 何も言わずに自分を気遣ってくれる、敬悟の優しさが有り難かった。

「ありがとう、敬にぃ」

 それでも、やはり眠れそうになかった。


 広島でレンタカーを借り、鬼珂島に一番近い小さな漁港に向かった敬悟と茜は、船の手入れをしていた漁師を捕まえて、鬼珂島へ渡る船が無いか尋ねてみた。定期船なども出ていないらしく、島に渡る方法が見つからないのだ。

「ええっ!? 鬼珂島くがじまに行きたい?」

 五十代前半だろうか、赤銅色に日焼けした厳つい顔の太い眉根を寄せて、漁師が素っ頓狂な声を上げた。訛りのキツイ野太い声には、尻上がりのイントーネーションがあり、余計に驚いている様子が増幅されて聞こえる。

 周りには、のんびりとした南国の港の風景が広がっていた。

 午後四時。

 時間的には、もう夕方だ。

 少しは気温が下がっても良さそうだが、そんな気配は全くない。きつい磯の匂いと 湿気を含んだ空気が、じっとりと体にまとわりつく。

 東北からいきなり南国のこの地へやってきた茜と敬悟には、よけいに暑く感じた。 

「地図上では、ここからそんなに離れていないですよね? 誰か、個人で船を出してくれる人は居ませんか?」

 敬悟の言葉に、壮年の漁師が少し困ったような表情をした。

「……鬼珂島くがじまへ、行く船はないんじゃ」 

「え?」

「あそこは無人島だから、だれも渡る者はないんじゃよ」

「無人島!?」

 驚いた茜と敬悟が同時に声を上げた。


 それに、あそこには『鬼神さま』がおるから――と、漁師は声をひそめて話し出した。

「鬼神さま?」

 茜が、思わず声を上げる。

 鬼押村でも、同じような言い伝えがあった。

 鬼の字の付いた土地を巡ってきたのだから、鬼に関する伝承があってもおかしくは無いが、全く同じ『鬼神さま』という言い回しに驚いたのだ。 

「そう。桃太郎に出てくる、あの『鬼』ですじゃ」

 漁師が、両手の人差し指を二本立てて厳つい顔の眉根を寄せる。

「桃太郎伝説の『鬼ヶ島』だと言われているそうですね?」

 敬悟の問いに『うんうん』と、漁師が頷く。

「昔は、あそこには鬼が棲んでおって『近づく者を取って喰う』と言われておってな。まあ、潮の流れが急なこともあって、今でも地元の者は近付きやしませんがね……」

押し黙ってしまった茜と敬悟に、『何、良くある迷信ですじゃ』と漁師が、がははと笑って見せる。

 その後、彼は見事な爆弾を投下した。

「なんでも、昔は『鬼が隠れる島』と書いて『キガクレ島』呼ばれておったそうじゃよ」

 探し求めた場所の名前を思いがけず耳にして、茜と敬悟は驚きの表情で顔を見合わせた。

 やはり、『鬼珂島くがじま』=『鬼隠れの里への入り口』に間違いはなさそうだ。


 


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