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   玄鬼抄 7

 気が付くと、茜は何もない白い空間に佇んでいた。

「茜――」

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには声の主、人型の玄鬼が立っていた。

 その表情は、今まで見たことが無いほど穏やかで、逆に茜をどうしようもなく不安にさせた。

「玄鬼……」

 色々な想いが茜の中で交錯する。

「見てきたか?」

「え?」

「その石が生まれた訳を」

「……うん」

 茜は、胸のペンダントをそっと握った。

 ほのかに温かい。

 これは、白鬼……玄鬼の妹の最後の命の炎。

 叶わなかった、切ない片恋の忘れ形見。

「あの後、どうなったの?」

「今、お前がここに居る。それが答えだろう?」

 茜は、こくんと頷いた。

 玄鬼の言う通り、茜はここにいる。

 明日香と衛は、無事に赤鬼の手から逃れ鬼隠れの里を脱出できた。その確かな証拠が、茜自身の存在だった。


「その石を形作ったのは白鬼だが、今そこにある力は明日香のものだ」

「え?」

 どういうこと?

 思いがけない玄鬼の言葉に、茜は驚いて目を瞬かせた。

「お前が生まれたとき、明日香は自分の持てる力の殆どを、その石に封印した。お前を守るために」

「私を守るため?」

 玄鬼は静かに頷く。

 なぜ、私を守る必要があるの?

 もしも、赤鬼が狙うとすれば、それは明日香――お母さんの方じゃないの?

 素朴な疑問が茜の中に生まれた。

「赤鬼は確かにその石に興味を持ち欲してはいるが、真の目的は茜、お前だ。明日香はそれを予想してその石をお前に身につけさせたんだ」

「ええ!?」

 ますます分からない。

 石を欲しがるのは何となく理解できるが、なぜ自分が狙われるのか全く分からない。

「眉間にしわが寄っているぞ、茜」

 玄鬼が笑いながら、茜の顔を覗き込んだ。

 その視線があまりに近くて、茜はどぎまぎしてしまう。

 でも、肝心な事を聞かなければ。

「ねえ、玄鬼。鬼押神社の大鬼はあなたなの?」

「ああ」

「なぜ? なぜあんなことを? 敬にぃと橘くんはどうなったの?」

 二人を傷つける必要があったのか。それだけがどうしても分からない。

「今度石を使うときは、あの時の気持ちを思い出せ茜。そうすれば、石はコントロールできる」

 石のコントロール?

 まさか、それをさせるために?

「また、しわが寄っている」

 玄鬼が笑いながら、茜のおでこを指先ではじく。

 その指先は、茜の頬を『ぷにっ』と引っ張った後、ペンダントの石に触れる。

 そのまま玄鬼は、そっと石に口づけた。

 な、な、なに!?

「げ、玄鬼!?」

「お前の膝の上、結構寝心地がよかったぜ。まあ、明日香には負けるけどな」

 玄鬼が、ニッと口の端を上げる。

 お母さんの膝?

 茜の脳裏に、明日香の膝の上で幸せそうに丸くなって眠る黒猫の姿が浮かんだ。


 ――行け、茜。

 お前ならきっと出来る。

 俺たちの叶えられなかった事が、きっと。

 フワリと、温かい波動が茜の全身を包み込む。

 そして、静かに消えていった。


 玄鬼?

 玄鬼は、お母さんを

 明日香を、好きだった?


 愛していたの?



「茜、目が覚めたか」

 次に目を開けたとき、茜は神社の境内で、敬悟に抱きかかえられていた。

 敬悟の心配そうな瞳が、見詰めている。

 私、戻ってきたんだ。

「敬にぃ……私……」

 茜は、言葉が出なかった。

 父と母の想い。

 白鬼の想い。

 そして、玄鬼の想い。

 色々な想いが胸の中で渦を巻いている。

 感情が溢れすぎて、言葉が続かない。

「大丈夫だ、何も心配するな」

 自分を優しく包む敬悟の温もりは、なぜか茜に玄鬼を思い起こさせた。

 夜明けが近いのか、辺りは白み始めている。肌に刺さるような冷気が背筋を這い上がってきて、茜は身震いをした。

「敬にぃ……、橘君は?」

「無事だ。多少打撲はあるが、命に別状はない」

 やっぱり。

 そんな気はしていた。

 たぶん、あれは玄鬼が見せた幻。

「玄鬼は?」

 茜の問いに、敬悟は言い辛そうに一瞬顔を歪めた。

「敬にぃ?」

 嫌な予感に、茜は心の奥が震える。

「……こっちだ」


 敬悟に支えられ立ち上がった茜は、桜のご神木の下に力無く横たわる黒い子猫を見つけた。

 ゆっくりと近付くと、跪いて小さな体に触れる。

 既にその体は、悲しいくらい冷たくなっていた。

「そんな……ど……して」

 茜は、小さな亡骸を自分の膝の上に抱き上げると、ツヤを無くした柔らかい毛皮を震える手でそっと撫でた。

 ゴロゴロと鳴らしていた喉は、もう決して反応することはない。

「こんなの……酷いよ……」

 冷えた茜の頬を、熱い涙のしずくが伝い落ちていく。

 それは、止めどなく後から後からあふれ出し、膝の上に力無く横たわる小さな骸に滴り落ちた。


 悲しむな、茜。

 俺は、もう長く生きた。

 どんな強靱な生き物にも、死は平等に訪れる。

 どのみち、寿命だったのさ。


 風に乗って聞こえてきた声は、茜の作り出した幻聴だったのか。

 それとも、玄鬼の最後のメッセージだったのか。

 茜自身にも、分からなかった。






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