鬼が淵 3
「う〜ん。やっぱり、だめかぁ……」
ペンダントの石を握りしめ『鍵を探して!』と念じてみたが、何の変化も起こらない。
当然と言えば、当然かもしれない。
――思いつきの付け焼き刃じゃ、無理だよね。
「敬悟にぃ、やっぱり、警察に頼むしか……あれ?」
茜は、後ろに居るはずの敬悟に話しかけようと振り返った。
でも、そこに敬悟の姿は無い。それどころか、玄鬼の姿も見えない。
え?
何?
「敬にぃ? 玄鬼?」
『ドキン』と鼓動が、跳ねる。
茜は、慌てて周りを見渡した。
今の今まで、後ろに居たはずだ。でも、少なくとも、見える範囲に二人の姿は無い。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「え? どうって、後ろに居たお兄ちゃんと猫が……」
いや、違う。居ないのは、二人だけじゃない。少年と手を繋いでいたはずの、幼い妹の姿も消えている。
そう。
文字通り、忽然と消えたのだ。
それだけじゃない。
確かにこのアパートには人の気配が無かった。でも、通りには車や通行人が行き交っていたし、そこには、生活の様々な『ノイズ』が存在していのだ。
それが、今、ここには何もない。あるのは、無機質な冷たい空間と――。
「お兄ちゃんと猫? そんなの、始めからいなかったよ?」
少年が、
今まで少年だったモノが、ニッコリと口の端を上げた。
「どういうことだ!?」
敬悟の口から、呻くような呟きが漏れた。
焦って茜の居た周辺を見渡すも、そこにはその痕跡すらない。
鬼志茂の時とは明らかに違う。あの時は、意識だけが時を超えた状態で、体はそのまま残されていた。
だが今度は、文字通り体ごと忽然と消えてしまったのだ。
「落ち着け、敬悟。今探っておる」
目を瞑って何かを探っている様子の玄鬼の声音にも、いつもの余裕が消えている。
それは、予想外の事態が茜に降りかかって居ることを示していた。
「これは……」
玄鬼が、驚いたように目を見開いた。
「なんだ? いったいどうなっているんだ!? 茜はどこに居る!?」
「このアパート全体に結界が張ってある。それも、かなりの力を持っておる鬼の結界で、中を覗くことすらできぬ。鬼志茂の『混じり物』とは、力の桁が違うとる……」
『厄介な』と、玄鬼が舌打ちをする。
「鬼の結界……?」
敬悟は、アパートをまじまじと見回した。だが、先刻と何も変わったようには見えない。
「次元が違うのだ。今ワシらのおる次元とは違う場所に、茜は閉じこめられておる」
「別次元……」
敬悟は、呆然と呟いた。
「鬼志茂の時のように、何とかできないのか!? お前だって、力の強い鬼なんだろう!?」
敬悟が玄鬼に詰め寄る。その勢いに、さすがの玄鬼も気圧されて鼻白んだ。
「茜自信が、『石』の力をコントロール出来れば、なんとかなるかもしれん。あるいは……」
「あるいは?」
「命の危機が訪れれば、石の防御反応が働いて脱出できるやもしれんが……」
石の力で、何処に飛ばされるかは、予測が付かない。
敬悟には、玄鬼の言いたいことは理解できる。
確かに、最初に赤鬼に襲われた夜も鬼志茂の時も、茜が危機に瀕したときに石の力が働いて、 どこかに飛ばされている。それが防御反応なのだろう。
玄鬼の言葉に嘘はない。敬悟にも、それは分かった。
だが、逆に言えば、茜が生きるか死ぬかの危機に陥るか、石の力をコントロール出来なければ 何ともならないと言うことだ――。
こちら側から、手を差し延べることは出来ないのだ。
『こういうことが起こらないように』と自分が付いてきたのに。
まだ二日。家を出てから二日しか経っていないのに、このザマだ。
力が足りない。こんな体たらくで、茜を守りたいなんて思い上がりだ。
敬悟は、苦い思いで唇を噛みしめた。




